#29【異世界へようこそ】

入院は、入浴介助をしてくれている
市民病院に決まった。

自分の家から、小さな山を
1つ越えた、もう1つ先の
丘の中腹にあって
距離としては近いけど、
車で行かないと自転車では体力が
持たないくらいキツかった。

そう、我が家は
とてつもない田舎なのだ。

入浴介助をしてくれていたし、
すでに顔見知りだったので、
入院はすんなり決まった。

ところで、皆さんは
ホスピス、またはホスピス病棟とは何か
ご存知だろうか。

簡単にいうとターミナルケアと言って、
もう回復する見込みのない、
死期を待つしかない患者のためだけの、
入院施設だ。

そう、ここに入ったら
健康になって普通に生活する、というような夢は
到底手に入らないのだ。

その恐怖感があったと、
のちにおばあちゃんが言っていた。

もう良くならないのは
わかっていたけど、
ホスピスに入ることが決まってしまえば
もう、健康な生活が送れないという
決定的な証拠になるから、
嫌だったんだと教えてくれた。 
 
 
初めて、おばあちゃんが入院する予定の
ホスピスと、個室を見学して、
 
 
なるほど、これは異空間に迷い込んだ
と思ってしまった。
 
 
「見学のご予約をいただいていた宮田様ですね、
担当看護師チームの、チーフの酒井です。
よろしくお願いします。」
 
 
祖母を担当してくれる方が、
病院の玄関まで
お迎えに来てくれていた。
 
 
ただの見学なのに。
 
 

ホスピスは、病院の3階にあった。
 
 
来客用のエレベーターで上がり、
ふと、3階のフロア地図を見た。
 
 
驚いた。
 
 
半分以上が、立ち入り禁止になっていた。
 
 
フロアの半分が、整形外科の
患者さんの入院病棟となっていて、
 
 
それ以外の部分が、全て
黒塗りになっていたのだ。
 
 
「あ、気づかれました?
ホスピス病棟は、他の病棟とは
毛色が違いすぎるので、
一般の方が迷い込まないようにしてるんです」
 
 
そして、大きな曇りガラスの
自動扉の前に案内された。
 
 
「こちらから先が、ホスピス病棟です。
このインターホンを押してもらって、
どなた宛のご面会なのかを必ず申告してください。
よくご面会される方は、
こちらでリスト化しておきたいので、
後ほどお名前と簡単にチェキで
お写真を撮らせていただきたいのです。」
 
 
チーフのカードキーで2枚の
曇りガラス自動扉を抜け、入った先は
 
 
異世界だった。
 
 
「こちらには、畳の部屋を2つご用意しています。
もういよいよダメだ、となった時に
ご家族に待機していただけるお部屋です。」
 
 
「各部屋からは、屋上庭園に続く
ベランダがあります。
看護師に声をかけてくれさせすれば
この屋上庭園はホスピスの患者さんのため
だけの場所なので、自由に出入りできます。」
 
 
「お部屋は、好きに装飾をしていただけます。
お写真、思い出の品、小さいお子さんが書いた絵、
なんでも持って来てください。
コルクボードや簡単な飾るための小物は、
あるものでしたらこちらでもご用意できます。」
 
 
「食事の制限も特にありません。
ご自宅で作ったものを、名前を書いて
こちらの冷蔵庫で保管し、ご希望の時に
私たちがお出しすることもできますので
なんでも言ってください。」
 
 
「ご自宅でワンちゃんを買っていらっしゃるんですね!
事前に言っていただけましたら、
ワンちゃんと一緒に面会に来ることもできますので
ぜひご相談くださいね。」
 
 
「一般面会時間と異なる場合は、一本お電話を
くだされば、夜中だろうといつ面会に来られても
全く問題ありません。いつでも連絡をください。」
 
 
私の想像していたホスピスとは
程遠い姿に、驚きを隠せなかった。
 
 
ただ。
 
 
どの廊下を歩いても
すれ違うみなさんの顔を覗いても、
 
 
希望は見えなかった。
 
 
部屋によっては、もう死期が近いのだろう。
死臭が漏れている部屋もあった。
 
 
穏やかだが、間違いなく、
そして嫌という程。
 
 
死を意識させられる、
逃げられない何かを感じた。
 
 
なるほど、これは
普通の病棟とは違いすぎる。
 
 
普通の患者さんが舞い込んだら
それこそ気が狂いかねない。
 
 
そこまでいかなくとも
ショックを受けるのは
間違いないだろう。
 
 
そして、私自身も、
素晴らしい施設や、
そこで働く看護師さんたちに
感動してはいたが、
 
 
思考を奪われるほどの、
ショックを受けたのはいうまでもない。
 
 
見学の最後に、
面会顔パス用に私と母親の
チェキを撮られ、帰宅した。
 
 
帰りの車の中で、
母親、祖母、私、父親。
 
 
誰も、言葉を交わすことがなかった。
 
 
おそらく、それぞれに
何かしらの衝撃を受けて
脳内での処理が追いつかなかったのだろう。
 
 
2日後に入院が迫った、
梅雨入り時期の話だった。

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