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メルト

「ずいぶん伸びたね」

まるで自分のことをおもちゃみたいに、からかうみたいに扱われている気がして、そのセリフは好きじゃなかった。ついでにそれを素直に喜べなかったことも、今思い返せば自分は嫌な子だったのかもしれないと感じる。卑屈な感情は一切孕んでいないとは理解していながらも、ばかにされているような気がして、うまい返しはできなかった。

少しでも他者に認められたかった。頑なに集団登校をしなかったのは、大人たちの加護を必要としない自分になりたかったから。強くて大きい存在になりたくて、戦い続けた日々。蛍光色のスニーカーを履いて、真っ黒なランドセルを背負って。

だけど、時はあっという間に流れてしまう。

いつしかなるべく目立たないように、できれば争わないように生きるようになってしまった。
弱くても小さくても、迷惑をかけないことが一番の生き甲斐だと言わんばかりに。そんな選択を繰り返して、怒られないように、誰かを慕って、謙遜して、息が詰まったらその場しのぎの酒を飲んで。

あれだけ嫌っていたあのセリフは、もうどこにいても聞くことができない。逃げ続けた先に、何があるかさえわからない日々。蛍光色のネオンにまみれて、真っ黒な肺を提げて。

「ずいぶん伸びたね」

気持ちとリアルは溶け合わない。
だけど、君にそう言われないように。
髪を切って、髭を剃って、僕は君に会いたい。
なんとなく、シャツの皺を伸ばした。

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