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52ヘルツの歌は今日も海に漂う

昨日、「52ヘルツの鯨」の話を聞いた。

きっかけは音の話。音というのは空気よりも海の中の方が速く伝わるらしい。鯨やイルカの声を遠いところで拾えることを考えると何も不思議じゃないなとは思う。

そう話していたら彼が思い出したように孤独な鯨の話を始めた。

「しろたは『世界でいちばん孤独な鯨』のことを知ってる?」
「孤独な鯨?」
「うん。世界にたった1頭しかいない鯨の話だよ。さっきも話したけど、音には波のような振動数がある。『周波数』だね。音の高さが違うっていうイメージかな。同じ種類の鯨なら、同じくらいの声の高さで歌う。仲間うちで共通の歌い方でね」
「すごく仲間って感じがする。それなら、遠い海を泳いでいても、すぐに仲間だってわかるね」
「そうなんだ。でもね、どの鯨とも異なる周波数でしか歌えない鯨が、この世でたった1頭いるらしい」

「どの鯨も、その鯨の言葉を理解できないってこと?」
「ううん。そもそも“聴こえない”」
「え! 聴こえないの?!」
「そう。どの鯨も、彼…か、彼女の声を聴き取ることができないんだ。すごく孤独だよね。その鯨はいつも同じ歌を歌っているんだって。もしかすると自分の名前を呼んでいるのかも」
「『ボクだよ!』って歌いながら仲間を探しているのかもね…。でも仲間なんてこの世にいない…。鯨は100年以上生きるものもいるよね。孤独な鯨は100年海に漂いながら自分の存在を叫び続けるのかな?」
「ああ…。僕だったら耐えられない。鯨は天的もいないから他の動物より死ぬ確率だって低いよね。人間に食べてもらうしかないかな、あはは」
「そんな! 食べられることを願いながら生き続けるなんてつらい」

なんて孤独なんだろう。

「寂しい」とか「孤独」「つらい」というのは人間的かもしれないけど、それでも届かない相手に歌い続けている鯨は、仲間を探し続けているんじゃないか。

調べてみると、病気というわけではなく「交配種として生まれてきて仲間がいないのではないか」という話らしい。世界最大の白長鬚鯨と北の海を生きる長鬚鯨の間に生まれてきた。

52ヘルツで鳴くから人間の間では「52」と呼ばれる鯨。1989年から人間は彼の声を拾ってきた。でも姿は見えない。2000年代に入ってからも彼の声を聴いた人間たちは、彼を探そうと決意。

どんな姿なんだろう?

見た目も孤独なんだろうか。大きさは? 世界最大の白長鬚鯨くらいの大きさだったらすぐに見つかるはず。そう思って調べてみると、そもそも白長鬚鯨は絶滅の危機にあるらしい。なら、長鬚鯨くらいの大きさなんじゃないかな?

実は、長鬚鯨と同じくらいで見た目にも他の長鬚鯨とさほど変わらないのかもしれない。長鬚鯨のように白い部分がないだけ、とか。「見た目は同じなのに声が届かない」なんて、ゾッとするほど孤独だ。

本当に仲間はいないんだろうか?

それほど大きくない白長鬚鯨と長鬚鯨なら交れそうだし、どちらも「ナガスクジラ」なら他にいてもおかしくない。白長鬚鯨が絶滅危惧種だから、さらにその交配種となると生まれる確率もかなり低くはなりそうだけど「52」と同じ宿命を持つ「べつの52」がいたっておかしくないはず。

そう思って調べてみると、

1999年1月に科学雑誌ネイチャーにハーバード研究チームの論文が掲載され、その論文のなかで「日本でシロナガスクジラの肉が売られている」と報告された。その根拠になったのは、大阪で販売されていた鯨肉から絶滅寸前のシロナガスクジラの遺伝子が検出されたことであった。この報告により、国際学会は騒然となった。
これは後にナガスクジラとシロナガスクジラとの交雑個体であった事が判明する(資料によってナガスクジラとして調査捕鯨で獲られたという記述もある。)

「52」の仲間、食べられてた…!(しかも日本で)
絶滅危惧種を食べたことへの言い訳の可能性はあるけど、やっぱり長鬚鯨と判断するような見た目らしい。彼の冗談が現実になってしまったパターンではあるけど、この「べつの52」はどうやって生きていたんだろう? と想像してしまう。

やっぱり仲間はいなかったんだろうか。

他の長鬚鯨からすると、音を持たない「仲間」になるんじゃないかな。出会ったとき、それでも「仲間」として歓迎され、ともに海を泳いだりしたんじゃないだろうか。

「52」は今日もどこかの海を泳いでいるはず。
最後に「52」の歌声を聴いてみた。一定のリズムを持った低い声。私は鯨ではないけれど、「52」が私に向かって鳴いているような気がした。

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