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強さと孤独と夢 /『風が強く吹いている』 三浦しをん

駅伝にも長距離にも縁もゆかりもない私がこんな本を読んでみたという感想。

作品について

箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。

作品紹介より

出会い

2018年にアニメ化された際、第2クールの主題歌を歌っていたのがQ-MHz feat. 日高光啓 a.k.a. SKY-HIだったこと。SKY-HIのファンであり、スポーツもの好きの私は見事に釣られて原作小説を買いました。それ以来5年ぶりに本棚から引っ張り出して再読。時の流れは早い、、、

ネタバレなし感想

スポーツものの魅力の一つである爽快感、ドリーム感もある一方で、長距離ゆえの苦しさも味わえる。

お気に入りの一文

寛政大のユニフォームを着たものたちは、走を先頭に熱と力で結ばれ、夜空に輝く星座のように、ひとつの形をなしてゴールを目指していた。

本文より

以下、ネタバレあり


速さではなく強さを求める物語

「速く」ではなく「強く」、というのは作品紹介にも記載されているくらいこの物語の大きなテーマになっています。

「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか」
「速い、ですか?」
「いいや、『強い』だよ」

本文より

走は灰二にそう言われてから、作品中を通してずっと「強さ」について考え続けます。
特に私が好きなのは灰二の高校時代の同級生、藤岡一真に出会って、走が自分に足りないのは言葉だと思い至るシーン。以降、走が言葉を探して考え込むシーンがいくつかあって、それは走が変わりたい、強くなりたい、と思っていることの表れなのかなと。スポーツがテーマの物語で、言葉の重要性が説かれると、なんかこう、ぐっとくる。

孤独と向き合う物語

一人ではない。走り出すまでは。

本文より

この一文にあるように、走り出したら一人なんですよね。卒業したら、自分で稼いで生きていかなければならない大学生たちが主役の物語だから、走っている時の孤独にリアリティーと説得力がある気がします。
一人じゃない、けど走っている時は孤独だ。みたいな矛盾はこの物語の魅力の一つなのだと思います。

走、おまえはずいぶん、さびしい場所にいるんだね。

本文より

とは、箱根の地を走るユキの言葉です。卒業後弁護士になって、ひどい現実と向き合う覚悟を決めたユキだからこその言葉。
孤独を理解しようとする弁護士の卵がいてくれる、という心強さよ。

夢の物語

どこまで行っても、部員が10人しかいない部が活動開始から1年で箱根駅伝に出場する、というのは夢物語なのだと思います。
だからこそ、フィクションで楽しみたい物語。

二度と覚めたくないほどいい夢だから、ずっとたゆたっていたいと思ってるんだよ。

本文より

この文章がすごく好きで。面白い映画を見ている時、面白いスポーツの試合を見ている時、友達と遊んでいる時とか、終わってほしくないなと思うあの気持ちを言語化するとこうなるんだなって。

ラストについて考えること

『風が強く吹いている』のラスト、灰二が怪我をかばいながらゴールに向かって走って来るシーン。灰二本人以上に、それを見ている走が苦しんでいるのが印象的なラストです。

灰二の出走を止めなかったことは正解だったのか?止めることは正解なのか?
ということをふと考えました。

令和も6年になった現代では、怪我を抱えていると分かっている選手を出場させることは是とされないと思うからです。
ただ、この物語は状況がそれを許さない。高熱のまま5区を走った神童も同じくですが、欠場すればチームが失格になってしまう。加えて灰二は選手生命が終わることを覚悟している。
止められるわけないと思ってしまうんです。誰よりも箱根を走りたかったのは灰二だから。
見ているこっちも苦しいんだぞ、分かっているか灰二。とは言いたくなるけれども。
ただ、走が陸上選手でいる限り、その灰二の姿は走の中に残り続けるんだろうなと思います。「強い」走りとして。

最後に

読んだのは2回目でしたが、やはりラストの苦しさが癖になる。ずっと泣きそうな気持ちで読んでいました。
アニメも見返して来ようかな。

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