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有馬涼風ビアガーデン 今年も開催します!

阪神淡路大震災の時に始めた芸妓さんのビアガーデン。昨年のコロナ下でも開催しましたが今年も開催します。

2021年の『有馬涼風ビアガーデン』7月30日(金曜日)~8月29日(日曜日)まで開催いたします。マンボウ等で酒類の提供時間などが制限があったとしても開始時間を繰り上げるなどの対応と感染予防を徹底して開催いたします。

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芸者さんのビアガーデンを始めたわけ

1995年1月17日、阪神淡路大震災が起こりました。

えらそうに言っていますが我々は有馬で大震災を経験していないのです。のちに有馬八助商店を立ち上げるメンバーと湯布院に向かう途中、松山沖を航行中だったのです。八助商店については下記のnoteを読んでください。

未明、船内が騒がしく、なんやら地震・・・地震と言っているのです。

また北海道で地震が起こったかと思ったのですが、どうやら神戸で地震が起こったようです。今の様にスマホですぐに情報を得られる時代ではありません。船内のテレビから音声だけは流れてきます。

8時ごろになって、もう良いかなと思って、湯布院の亀の井別荘の主人、中谷さんに電話をしました。今日寄せてもらう予定だったが行けない。湯布院の九重地震の時はどうしたのか?と質問しました。中谷さんは「湯布院は元気だ!」と発信し続けたとアドバイスをくれました。

以来、有馬は元気だとイベントやPRを行ってきました。

別府港に着いて、神戸港の岸壁は車を降ろせる状態ではないという事なので、車をフェリー会社に預けて、大分空港に向かい飛行機で戻る事にしました。

関空か伊丹かを考えたのですが、伊丹からだと歩いても何とか帰れるだろう。伊丹の方が出発時間は遅かったので、「最後の晩餐をしよう!」と言って空港内の寿司屋のカウンターに陣取りました。

カウンターにはテレビがあって、神戸の様子を見ながら・・・別れの盃を交わしながら、我々は有馬の復興を神様から託されたのだ!と勝手な事を言いながら、飲み食いし、今後どうするかを考えていました。実際、メンバーは有馬に帰った翌日から消防団として神戸市内に出動し、がれき撤去や遺体の捜索に従事しました。

JALが経営破綻したのはわかるわ・・・と思ったのはこの時。

大分から伊丹に向かうJALの乗客は、すべてと震災に興味のある人ばかりだと思う。だのにNEWSが流れて少しすると、マイレージサービスの案内を始める。状態がわかっているのか!?
頓珍漢な乗員ばかりだと思って、客室係にNEWSに変えてもらった。

神戸上空にさしかかると、あちこちから煙が立ち上っている。空襲ってこんな感じかな?と思った。

伊丹空港はごった返していて、タクシーや公共機関は止まっていた。レンタカーはどうだろうかと空港の外に行ったがレンタカーもない。空港に入ろうとするタクシーを捕まえて二手に分かれて有馬に変える事にした。通常にルートと山を回っていくルート。

途中でタクシーを降ろされ、歩き、またタクシーを拾って帰ってきた時には、日が暮れかかっていた。

有馬中の電気が消えていて、不気味だった。

震災からの復興

復興はなかなか進まず、観光客は皆無の6月。神戸市会議員選挙があり友人の候補者のポスターを張りに回っていた時に電話が鳴った。

「モーターボートが金を出してくれるから、1週間以内にイベントを2つ考えてくれ!」という役所からの電話だった。

一つは有馬の旅館で昼食と日帰り温泉を楽しむプラン。

十数件の旅館が参画してくれて「昼食と温泉で、3800円」という統一価格のプラン。いくらバブルがはじけかかったとしたも当時としては格安だった。

この宿泊客はなかったが、日帰り客が増え、晩秋に宿泊客が戻ってきた時には定番の商品になっており、街中に日帰り客が増えてくると、街中の飲食店や土産物屋さんが増えてきて、現在の様なそぞろ歩きが出来る街になって来た。

震災の様なものが起こると、旅館の宿泊もそうだが生活必需品から離れたものは売れない。マッサージ師や芸妓さんが仕事にあぶれるのだ。マッサージ師は他地域へ流れていけるが芸妓さんはそうはいかない。

芸妓のビアガーデン

鼓ヶ滝から御所坊の横を流れる滝川と、瑞宝寺公園の横を流れる六甲川がネネ橋で合流して有馬川となり、最終的には武庫川と合流する。

この合流地点の河川改修工事が当時行われていた。親水公園を作る為の工事だった。この場所で芸妓さんのビアガーデンをやろうと考えた。

「震災復興」というお題目があれば、河川での長期間のイベントも特別に許可がおりた。(現在は国土交通省のかわまちづくりという事業に採択されて、さらに親水公園の改修を行い、今度は逆に「イベントをたくさん開催しなさい」という事になっている。)

工事中という事もあり、使用できる場所は限られている。客席は下流に向かって右手の一段高い所に設け、厨房は逆の一段高い所に足場を組んで小さなプレハブ小屋を建てた。

何か絵になるモノが欲しい!

前の年に六甲山で駕籠かきイベントがあり、芸妓さんを駕籠に乗せて参加した事があった。その駕籠を使って十津川温泉にある野猿の様なものをつくる事にした。

厨房から対岸の客席の方にロープを張って、駕籠を吊るし料理を運ぶ。

・・・・結局は、持って運んだ方が早かったけど(笑)

何でもそうだけど、露骨に反対する人と賛成する人がいる。反対する人は賑わいを持って行かれると考えている。その中でも面と向かって反対しない人や色々だ。

でも変人でいると楽だ。僕が変人になったのは下記を読んでみて。

名称を「有馬涼風川座敷」と名付けた。

期間中の安全を祈願して、川の中にあるたまりに鯉とニジマスを流した。観光客にマスマス・コイコイと願を掛けた。

でも少し雨が降るとたまりの魚は下流に流されていった。

1ヶ月ほど続いた最終日。バイトの子や協力者たちと打ち上げをした。何人かには事前に連絡して着替えを持ってこさせた。そして宴もたけなわになってきた頃に有馬川に投げ込む事を始めた。

そうすると参加者の中で否定的だった奴も掘り込んだ。この事で気持ちが一体となれ、その人達も次年度以降非常に強力的になってくれた。

でも酔っぱらった年配の芸妓も喜んで自ら川に入ってしまった。それはそれで良いのだけど、後で三味線の修理代の請求が届いた・・・

そんなこんなで、皆で一体となってイベントをすることは非常に有効だと思うが、イベントばかりしていると疲労を招く。観光疲労というらしい。

以来、今年で27回目かな?

名称も「有馬涼風ビアガーデン」と昨年から変えている。

有馬涼風川座敷の方が有馬らしいとは思うけど、これは主催者の問題で昨年から有馬商店会の主催にとなっているからだ。理由は補助金の関係。(笑)

有馬旅風ビアガーデンにお越しやす!

昨年から高機能キッチンカーを導入している。昨日、参画店舗の説明会を開催した。昨年は7月22日にGOTOトラベルが開始され、夏休み期間中はそれなりにお客様は多かった。

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雨も多かったが22日間で12000人ぐらいの来場者があった。しかし今年はGOTOどころかマンボウで酒類の提供時間や営業時間も制限があるかもしれない。その場合、営業時間を繰り上げてでも開催しようという事は決めた。

阪神淡路大震災の復興で始めたビアガーデン。コロナからの復興もかねて今年も開催いたします。



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