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《点光源 #3》 流浪の役者人生、大きく根を張るCHAGE and ASKAの音楽

俳優という肩書きの田中健志さん。
恐れ多くも私が彼を知り興味を抱いたのは、Twitterにて「役作りにはチャゲアスの曲が欠かせない」という趣旨のことをつぶやかれていた時である。

え、どういうこと?
よくよく想像してみたのだが、どう「欠かせない」のか、演技素人の私にはどう考えてもわからずじまいである。

それから私は、彼のツイートを楽しみにするようになった。
つぶやきから垣間見えるのは、日々のトレーニング記録や映画祭の審査員としてのご活動、そして俳優としてのポリシー。
いつも言葉数少なく、どこかミステリアスな雰囲気をまとってらっしゃる田中さんだが、ストイックさだけは垣間見える。

一体、俳優・田中健志とは何者なのか?

勝手に胸の内で謎を膨らませていたところに、有難いことにインタビューの機会を頂き、私は非常にワクワクしていた。
彼のCHAGE and ASKAへの想いだけでなく、俳優という、あまり日常では接することのない職業を選んだ方の、そのいきさつや動機をぜひ一度しっかり伺ってみたかったのである!

ASKAの音楽を愛する人達へのインタビュー連載《点光源》こちらの記事で企画意図をお読み頂ければ、この記事をよりお楽しみ頂けます!)。
第2回目で見えてきたのは、ドラマティックな「流浪の役者人生」であった。
田中さんの半生、そして今の彼を支えているものとは…。

●どうせ好きなら、とセリフ覚えにチャゲアスを


田中さんと初めてお会いできたのは、都内某所。
連載初回にご登場頂いた ”もぐらのもっくん” と田中さんは、ご一緒にASKA非公式ファンブック『We love...』を作ってらっしゃったのである! その中の一企画に参加するために、私も珍しく、オンラインでなく足を運ばせて頂いた。)

スラリとした長身で、さすが役者さん、というスタイルの田中さん。
今まで勝手に謎を膨らませていたせいで、ようやく真相を伺える! と多少でしゃばり気味にインタビューを始める私。
それに対し、終始おっとりとした口調で田中さんは受け答えて下さった。

ーーまずやはり「役作りにチャゲアスの楽曲を活用する」と仰っていたことについて、ぜひ伺ってみたいと思っていました。

これはですね、役作りというよりも、セリフ覚えに活用してるんです。門外不出の覚え方なんですけどね(笑)。
僕は生まれが大阪なので、感情を込めようとするとどうしても関西弁のイントネーションが出てしまうんですよ。でも、渡されるセリフは標準語のものが多いので、それを短時間で頭に入れて表現するために思いついた秘策なんです。


ーーなるほど、そんなご事情があったとは。

そうなんです。僕が活用するのは、『WALK』のオリジナル・カラオケ版。歌詞をセリフに変えて、メロディーに乗せて覚えるんです。
セリフは現場で渡されてそのまま覚えるということもあるので、こうやって頭に入れると忘れないんですよね。


ーーすごい! 歌詞として頭に入れれば一字一句間違えない、と。

セリフは語尾までそのまま覚えますからね。
あとはセリフ回しのパターンとして、『君を/失うと/僕の/すべては/止まる』みたいに、溜めて言ってみたりもする。僕は詳しいメロディは分からないので、”ドレミファソラシド”と音程を変えてセリフを言う。話すスピードもそうですね。
不思議なんですが、これで一発OKが出やすいんですよ。相手の役者が同じ戦法で来てかち合うこともないし(笑)。
こういう感情表現には、『終章(エピローグ)』の歌い回しもよく使いますね。どちらの曲も、感情を乗せやすいんだと思います。

あまりにも意外な返答で、どのように返したらいいかわからない…。
やはり様々な専門によって、人が見ている世界は全く違うのだということを、つくづく思い知らされてしまった。


●刑事ドラマに憧れて、アクションから俳優の道へ


田中さんのデビューは’01年で、今年は役者を始めて20周年に当たるという。

僕は元々アクションからこの世界に入ったので、演技論とか役作りとか、そこまで意識したことがなくて。
元々役者に憧れたきっかけが、石原プロでしたからね。
刑事もののドラマが子供の頃から大好きで、アクションに憧れるうちに空手を始めて、キックボクシングをやるようになり、京都の太秦の撮影所に出入りし始めて…という流れで役者を始めたんですよ。
だから演技がやりたいという動機よりも、アクションができるから上京の声がかかった、というのが入り口でした。


大学3年時に東映のスタジオで出会った監督から声がかかり、そのまま上京を決めたという田中さん。
在学中のデビューというところにC&Aの姿が重なるが、ご両親には反対されなかったのだろうか?

いや、めちゃめちゃ反対されましたね(笑)。
親父が警察官で、ザ・昭和の親父という感じだったし、母親もなかなか厳しい人で。しかも僕は長男なので、男らしく長男らしく、という風に育てられました。
当然大学を出て一般企業に就職するだろうと思われていたところで、役者になるために上京ですから。相当反対されましたね。


石原プロの刑事ドラマをことごとく、「あんなのはリアルじゃない」と嫌っていたという硬派な父の壁。
そんな鉄壁を打ち破るようにして大阪から飛び出し、はるばる東京へ。

だが、役者になりたい若者などごまんといる都会の中で、待っていたのは当然ながら極貧生活。やっと本業だけで食べていけるまで、10年かかったという。

なかなか辛かったですよね。その頃すでに30を超えてましたから。
今も夢だけで役者になろうとする人が多いけれど、そんなに甘くはない世界なんです。特に昨年からのコロナ禍で、撮影もストップしているものが多いし、劇場も運営すら厳しい状態になってる。


ーーそうですよね…エンターテイメントに関わる方々はどのように生活されているのかと、心が痛みます。

もう、今まで思い描いていた役者という概念を少し変えて、例えば企業で働きながら演技もやるとか、柔軟な発想を持ってみてもいいかもしれないよ、と後進の俳優にはアドバイスしています。みんな反抗しますけどね(笑)。
でも職業のつぶしが利くのは若い内までですから。あまり凝り固まって考えても仕方ないんじゃないかと。

長いこと役者を続け、厳しい現実を見てきた田中さんだからこそできる、優しさゆえのアドバイスであろう。

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自分が役者を続けているのは、「映画を観る、音楽を聴く、そして走る」という自分の好きなことを生活の中に役立てていきたいと思った時に、役者以外にそのアウトプット先が見つからないから。
演技をやるぞ!という意志というよりも、自然とそうなっていったんですよね。

好きなことを諦めたり削ろうとすることなく、素直に自身の感情に従っていく。これは、わかっていてもなかなか出来ることではないだろう。
何かをちゃんと好きになることが、その人らしい人生を作っていく。その素晴らしさを、田中さんと話していると改めて感じさせられる。


●チャゲアス好きの少年時代、震災と夢でS字型スロープへ


田中さんは現在、CMや映画などへの出演に加え、神保町映画祭というインディペンデント映画祭の実行委員も務めるなど、様々な活動をされている。
仕事仲間の間では、田中さんといえばチャゲアス、というイメージが浸透しているようだ。

ーー田中さんは、お仕事仲間にもC&Aファンであることを公言されてるんですよね?

そうなんです。チャゲアスと言ったら田中だ、と(笑)。やっぱり僕の人生とは切っても切れない存在ですよね。

ーーいつ頃からファンでいらっしゃったんですか?

’91年の「SAY YES」からですね。僕は’78年生まれなので、ちょうど中学生になったばかりで。
チャゲアスの最初の印象が、テレビのコマーシャルで流れるカッコ良いビジュアルと「CHAGE & ASKA」という名前のインパクトで(笑)。なんだか気になる存在だったんですが、そこからCDを手に入れて、聴き出してからみるみる内に「この人達すごいぞ」となって。
当時はクラス内で『SUPER BEST Ⅱ』が出回ってましたからね。それを中心に聴いていて、そこから『TREE』を手に入れて…という感じです。


今からちょうど30年前は、テレビをつければチャゲアスの流れない日はないというほど、彼らの音楽は日本中に溢れ返っていた。
「親父にチャンネル権があったので、音楽番組も見れなかった」という幼少期を過ごした田中さんでも、CMのタイアップなどでチャゲアスの曲を耳にする内に、すっかりその魅力にはまっていったのだという。

だが、音楽との蜜月はそう長くはなかった。

’95年、高校1年生の時に阪神淡路大震災がやってきて、自宅が全壊してしまったんです。かろうじて残った2階からCDや教科書を引っ張り出して避難したんだけど、もうそこからは物理的に音楽を聴くどころではなくなってしまって。
なので、チャゲアスがソロ活動を本格化させていった頃というのは、ちゃんとリアルタイムでは聴けてないんですよね。
そこから今度は大学進学、俳優活動と忙しくなってしまって…金銭的にももちろん余裕がなかったですし、ようやく音楽の方に意識を戻せたのが、30代になってからという感じでした。


30代も夢中で走り抜け、今年で43歳になる田中さん。40代の役者人生について、どのように考えていらっしゃるのだろうか。

意外と40代の役者って、ライバルが少ないんですよ(笑)。役者の人口分布でいうと、20代が最も多くて30代ではドロップアウトしてしまう人が多い。
40代は、そういう意味ではライバルは減ってくるけれど、今度は自身の体力が落ちてきたりワーク・ライフ・バランスを考えたりなど、悩みは尽きないですよね。自分の生きる道を見つめ直したりする時期ですし。
だから僕は、今こそチャゲアスを聴いています。やっぱり少年時代にものすごく好きだった音楽だから、メンタルのケアにもなるし、原点に戻るようなエネルギーが湧いてくる。

ーーよくわかります。自分が好きだったものにまた触れることで、自分の立ち位置も確認できますよね。

そうなんです。それにASKAさんの歌詞って、30代以降のものが特に沁みるじゃないですか。
ご自身も非常に葛藤されながら音楽を作ってこられたと思うので、そういう曲を聴くたびに自分を重ね合わせ、エネルギーをもらっています。

きっとどんな職業であれ、40代になってますますチャゲアスに人生を支えられている…という実感を、おそらく多くの人も持っているに違いない。


●田中健志が選ぶ、CHAGE and ASKAの10曲


そんな田中さんが、ご自身の選ぶ「CHAGE and ASKA 究極の10曲」を準備してきて下さった。
究極の10曲選びは案外難しい。何を軸とするかにより、曲目はガラッと変わってしまうのだから。
そんな前提で田中さんが選んで下さったのは、「42歳、役者」という今の自分を表現する10曲であった。

= CHAGE and ASKA 究極の10曲 =
1. WALK

2. 終章(エピローグ)

「この2曲は先ほどお話した通り、セリフ覚えで使う楽曲ですね。これが無いと僕はダメです(笑)」

3. tomorrow
「この曲を、僕は応援ソングだと思ってるんですよ。アルバムでもラストに収まってますが、一日の締めになる曲だなと。タイトルにもなっている『明日』に向けて、一緒に頑張ろうね、と寄り添ってくれるイメージです」

4. 迷宮のレプリカント
「歌詞に葛藤が垣間見えて好きなんです。『僕が死んだら~』の部分なんて、自分の代わりなんていくらでもいるよ、という達観すら感じるじゃないですか。それでも自分の作りたいものを作るという、そんな葛藤をASKAさんはこんなに若い時期から感じていたんだなと」

5. 太陽と埃の中で
「これはもう『TIME3』の記憶ですよね。母がワイドショー好きで、ずっとテレビが点いてましたから。やっぱり40を超えると色々しんどいので(笑)、原点に戻って元気の出る応援ソングを聴きたいなと思います」

6. 君は何も知らないまま
「これは『YAH YAH YAH』のカップリング曲として認知されてることが多いので、ポジション的に地味ですがすごくいい曲ですよね。アルバム『RED HILL』におけるアクセントの強い曲として好きです。」

7. Sea of Gray
「若手の役者に『SAY YES』『YAH×3』の次に何を聴いたらいいかと聞かれて、答えるのがこの曲です。こんなサウンドもできるんだ、と。単純にカッコいいですよね。こういうC&Aの側面もぜひ知ってもらいたいなと」

8. なぜに君は帰らない
「東京マラソンに出たんですが、最後の30キロを越えた辺りが一番しんどいんですよ。あと12キロもあると思うか、12キロで終わると思うかで走りが変わってしまう。そんなタイミングにちょうどかかるようオーディオプレイヤーに設定し、エンジンかけ直して走り切りました。この曲は才能が爆発してますよね。最初に聴いた当時も理解するのに時間がかかったなぁ」

9. no no darlin’
「これを聴くと、自分はついChageさんのことを歌ってるんじゃないかと妄想しちゃうんですよね(笑)。意外とそういう曲って、単純に見せかけたラブソングの中にもあるんじゃないかな。二人が仲良くイチャイチャしてる関係性がとても好きだったので、それを思い出しますよね。大好きな一曲です」

10. BIG TREE
「もうこれは圧倒的。ライブ音源で聴く『大きな海と~』の部分は、ASKAさんのさらに上をChageさんがバランス取りながらしっかりハモるじゃないですか。プロどころか神が二人いるとしか思えない、自分の中では不動の一曲です」


●チャゲアスとは、男の憧れるヒーロー像


「究極の10曲」について話す田中さんからは、とにかくChageさんとASKAさんのお二人が好き、という気持ちがビシビシ伝わってくる。
私もその気持ちがよくわかる。
だが、やはり女性である私と男性である田中さんとでは、きっと「好き」の理由も少し違うはず。そう思い、最後に尋ねてみた。
男性として、お二人のどんなところが魅力に感じるのかと。

まずASKAさんというのは、男が憧れるヒーロー像に近いんですよ。
フィジカルが強く、カッコ良くて歌が上手いのもさることながら、音楽の才能も豊かで頭も切れる。そんな完璧な状態で好き勝手やってるように見えて、要所要所でそれをカバーできるお茶目さもありますよね。
本当に男にとっては憧れる存在。女性ファンより、男性の方が今は好きな気持ちが大きいんじゃないかな(笑)。


ーー最近の男性陣の盛り上がりはすごいですよね(笑)。Chageさんの魅力はどう捉えてますか?

Chageさんは、やっぱりカワいいところでしょう(笑)。相方に対しても一途な感じで、ああ見えて恥ずかしがり屋でいらっしゃるところも、とにかく人間としてカワいいし愛されますよね。
本当はチャゲアスのバランスやステージの進行だとか、細やかなところはChageさんの方が深く考えていて、そこでバランスを取っていたんだろうなと、今から見ればそう思えますよね。

一人一人も魅力的なアーティストだが、二人合わさった時の爆発力は、やはり計り知れないものがあった。
男としての身の振り方を、真逆の個性で見せてくれたチャゲアスの二人は、やはり男性にとって永遠の憧れになっているようだ。


●人生に根を張る、C&Aの音楽

「チャゲアスは、人生を重ね合わせる存在」と言う田中さん。
SNS上でもファン同士でやり取りされているのをお見かけするが、このようなファンのつながりは、ここ数年で生まれた縁だと話す。

チャゲアスのファンの方が舞台を観に来て下さった時には、急遽脚本家の方がセリフに『はじまりはいつも雨』を思わせるフレーズを入れてくれたりして。自分の人生と重なっている実感を、最近はよく覚えます。

親父を昨年67で亡くしてるので、人生の残り時間をどうしても意識してしまうんですよね。やっぱりもう折り返しに入ってますから。
残りは、チャゲアスを純粋に好きだった頃の気持ちで自分を見つめ直しながら、俳優としての仕事に生き様を少しでも残していきたい。
そして、自分にこんなにエネルギーをくれたチャゲアスって、やっぱりすごいよね、という情報発信を積極的にしていきたいです。


中年期という、人生において当然ながら初体験の難しい時期に差し掛かったファン達から、近ごろ活発に発信されているチャゲアスへの思いや、彼らの音楽の素晴らしさ。
このような、「人に伝えたい」という気持ちに駆り立てられるのは、こんなにも自分自身を支えてくれる音楽であったことへの、純粋な気付きと驚きがあるからではないだろうか。

今でも彼らのことが「好き」と口に出せる喜び。彼らの音楽が自身の人生と絡まっていく実感。
それらを受け取れるのは、チャゲアスのお二人がどんな形であれ、音楽を続けていてくれるから…。

田中さんの、人生と切っても切れぬチャゲアスとの縁を伺って、改めてアーティストが人の心に植え付ける夢の種はとても大きなものだと感じた。
チャゲアスの音楽に触れた人達、そして私自身の中にも、必ずその種はいつのまにか根を張り、紆余曲折の人生を見えない力で支えてくれているはずだ。

<完>

今回の《点光源》は初回と同じく、ASKA非公式ファンブック『We love...』とのコラボレーションとさせて頂きました。
発行者の許可を頂いて書籍内のインタビュー記事を一部修正し、この場に掲載させて頂いております。

書籍用に書かせて頂いた対談記事と、そしてお恥ずかしながらこの私へのインタビュー記事も掲載されております…。ご興味ある方はぜひ手に取ってご覧下さいませ!
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ASKAの音楽を愛する人たちへのインタビュー連載《点光源》。
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