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【短編(6/10)】回転木馬はAB型

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遠藤から追加予算の要求があったのは、衣装の試着をした次の日だった。

「ニーソックスと、ヘッドドレスが欲しいの。あと、できれば黒の革靴」

男子陣の試着姿を見て、バージョンアップが必要だと考えたらしい。女子用の男装衣装はイメージ通りだったが、男の方は求める水準に達していなかった、とのことだった。

昨日の試着は給仕係や衣装班だけでなく、クラス全体を巻き込んだイベントとして盛況だった。
第一号で試着し、ありがたいことに拍手で迎えられた俺は、そのまま別室でメイク班に化粧を施された。遠藤たちの作った衣装に、思った以上の反響があったからだろう。残る給仕係も同様にお色直しを行い、給仕係十人揃って教室に凱旋するという、派手な演出となった。

教室の真ん中で、まるでファッションショーのように並んだ十人。
拍手のシャワーが降る中、特に場を沸かせたのは、やはり早川と遠藤だった。

想像した通り、早川のメイド服姿には微塵も違和感がなかった。
化粧が加わることによって、もともと白い肌の明度が上がり、装飾の多い衣装が霞んで見えるほどの輝きが生まれた。仕上げた衣装班の女子達も「はぁ」とため息を漏らすほどで、こう言ってはなんだが、本物の女子と並んでも目立ってしまう出来栄えだった。
「やばい。これ、アップすりゃバズるんじゃない」
早川自身もその変貌ぶりに驚いたようで、ファッションショーの最中、調子に乗ってスカートを捲ってみたり、胸元を開けてみたりと男同士で戯れ始めた。度が過ぎて、「衣装がダメになる」と遠藤に怒られる始末だった。
その遠藤もまた、驚くほど様になっていた。
女性陣の衣装はメイド服と対になるような執事姿で、タキシードを模した装いは、細身で長身の遠藤にぴったりと合っていた。

クラスメイトの賞賛は他の面々にも及び、そこには俺の姿もまた含まれていた。
気味悪がられ、ゲテモノのように扱われる。当初、そんな未来予想図に戦々恐々としていたのが、嘘のような好待遇だった。これが「文化祭」という魔法がかかった、仮初めのものであることは十分に理解していたが、とてつもない安堵を感じた。
一番嬉しかったのは、やはり皆川の反応である。
「似合うじゃん」
お披露目会が終了し、各自が持ち場に戻る中、ジャージ姿の皆川が近づいてきて、言った。
「あれだけ嫌がっていたくせに、ノリノリなんだから。怒らせちゃったかと心配して、損しちゃった」
氷が急速に溶けるかのように、身体の強張りが消えていくのを感じた。
女装姿を馬鹿にされるかもしれない。その恐怖から、俺が作っていた壁は消え去り、いつものようにリラックスして話ができた。これも衣装の出来が良ければこそ、と思うと、感謝の念が絶えなかった。
そういう個人的な事情を度外視しても、目玉である男装女装には、手応えが感られじた。それを機にクラスの一体感が高まったことも、委員として喜ばしいことだった。
このままなんの問題もなく、着々と準備を進めていければ。

そう期待していたところに、遠藤のこの要求だった。

「なんとかならないかしら」
昨日、あれだけの賞賛を受けたと言うのに、その視線には、満足や安心とは無縁の「飢え」のようなものが蠢いていた。
放課後、俺と皆川が打合せをしていたところだった。話し合っていた内容も、まさに予算の見直しを行わなくてはならない、というものだった。
遠藤の背後を見やると、他の衣装班の一軍が、塊になってこちらを窺っている。交渉の行末が気がかりなのかと思いきや、どうも様子がおかしい。リーダーたる遠藤に向け、「付き合いきれない」とでも言うように、眉を潜め、腫れ物を見るような目線を送っていた。

「まず、靴は無理」

椅子に座ったまま遠藤を見上げて、皆川が言った。
「屋内の出店だから、許可が下りないと思う。ごめん」
謝りながらも、屹然とした口調で返す。ちょうど予算繰りが厳しい話をしていたからか、言葉の端に苛立ちが滲んでいるのが感じられた。
しかし、遠藤に怯む様子はない。
「一応聞いてみてくれるかしら。駄目なら、せめて上履きに装飾したい。その場合は、装飾分の予算もかかることになる」
かかることになる、という言い回しに、皆川の目の色が変わった。
「あの、遠藤さん。そもそも予算自体が限られていて、今の時点で衣装班がその半分以上を使っているの。これ以上となると、当日販売する食べ物が出せなくなっちゃう」
「そもそも十人分の衣装なんだから、費用がかかるのは当たり前じゃない。こちらも色々譲歩してこれなの」
「譲歩って……」
完全に火がついた顔。これ以上はまずい。
「いくら必要なんだ。遠藤」
割って入ると、遠藤が目だけをこちらに向けた。
「可能なら一万」
「一万?」皆川が反応する。「元々学校から支給された予算は二万円なの。そのうち残りがもう半分を切っている。とても工面できる状況じゃないわ」
「クラス三十人から数百円ずつ募れば、叶う数字でしょう」
「ちょっと待って。みんなに負担を強いる、って言うの」
「例えばの話よ」
「落ち着け、二人共」
俺は言う。
確かに遠藤の言うことには無茶がある。しかし、負担という意味では、すでに遠藤始め衣装班は十分に負ってくれているのも事実だ。
遠藤の言う通り、十名分の衣装など、まともに用意しようと思えば、一万やそこらで足りはしない。古着屋でそれらしいものを仕入れたり、クラスメイトや家族友人から要らなくなったものを譲り受けたりしていたようだが、どうだろう。あの出来栄えだ、すでに多少は自費で賄っている部分もあると踏んでいた。
ニーソックスにヘッドドレス。
昨日衣装を着た時、なにか履くものがあった方がいい、とは俺も思った。また、確かにヘッドドレスもあればベターだ。特に自分のウィッグは黒髪でのっぺりとしており、アクセントになるだろう。
遠藤を見る。
てっきり皆から賛辞を得られればそれで満足するだろう、と思っていたが、これほどまでこだわりを持っていたとは。

「少しならなんとかなるかもしれない」

皆川が驚いた顔でこちらを見る。その顔に向けて、俺は続けた。
「お好み焼きのサイズを一回り小さくしてみたらどうだ。思い切って、今の半分にしてみるとか」
「ちょっと、本気で言っているの」
とん、と音がなる勢いで、皆川は机の上に指を落とす。先ほどまで共ににらめっこをしていた予算繰りのメモだ。
「四つ切りで二百円は高すぎるんじゃ、って今の今まで話していたじゃない。それをさらに半分にするっていうの」
「確かに半分は言い過ぎだが、そういう手もあるだろう、ということだ」
「これ以上は無理よ」
「販売個数を減らすとか」
「一日百食は見ておいた方がいい、って言ったの、猿渡くんでしょう」
「それはそうだが」
模擬店の売上でもって後で充当しては、とも考えたが、明細を添えて慈善団体に寄付するのが学校の方針だ。その明細をちょろまかす手もないではないが、皆川がよしとはしないだろう。
なにか、他に手はないか。
「ちょっと待って。しっかりしてよ猿渡君」いつになく悲痛な顔で、皆川が俺を見る。「文化祭に向けて準備しているのは、衣装班だけじゃないのよ。調理班だって、当日いいものを出そうと思って頑張っている。わかっているでしょう」
「わかっている。だけど、それで衣装班の本気を無下にしていいわけでもないだろう」
「さっきの猿渡君は、調理班の気持ちを無下にしていたじゃない」
周囲がざわめく声が聞こえた。クラス中が、こちらに注目しているようだ。
「わかった。すまない。ただ、なにか方法がないか話し合ってみてもいいんじゃないか」
「それがない、って話し合いを今していたんじゃなかったっけ」皆川の熱気は治まらない。「確かに衣装はすごいし、みんな似合っていたけれど、それで自分たちだけが主役だと思っているんだとしたら、勘違いよ」
「主役じゃないにしても、目玉であることは事実でしょう」
遠藤が割り込んでくる。
「むしろ、委員だからって、最初から取り合ってもくれない皆川さんの方が、傲慢に映るけれど」
「私が、傲慢?」
「遠藤、言い過ぎだ」
「そもそも遠藤さんが仮装やりたいって強情だから、色々考えて、男装・女装喫茶にしているの、わかってる?」
「だから、その、やってあげている、っていう姿勢が傲慢なのよ」
「やめろ、遠藤」
ガタン、と音を立てて皆川が立ち上がった。長身の遠藤を見上げ、食ってかかるように顔を近づける。
「できるだけみんなの希望を叶えたいと思っていることの、どこが傲慢なのよ!」
「じゃあ、私の希望ももう少し聞いてよ」
「だからこれ以上は聞けない、って話を……あぁ、もういい」遠藤から顔を背ける。二つ縛りの髪が鞭のように揺れた。「あなたたちみたいな自己中心的な人に、わかってもらえる方がおかしいのよ」
あなた「たち」。
「おい」
俺が反応したのを目で制するようにして、皆川は言った。
「猿渡君も、そんなんだからバレー部でうまくやれなかったんじゃない」

ざわ、と胸を蛆虫が這い上がるような思いがした。
「ちょっと待て。今、バレー部のことは……」

「はーい。そこまでぇ」

場違いに陽気な声が割って入り、俺と皆川はそちらを向いた。
声の主は、やはりと言うか、早川だった。唇を尖らせ、「お奉行サマの登場」と軽薄を装い近づいてくる。
「早川君、今は……」
「追加で一万集めりゃいいんだろ、楽勝じゃねえか」
飄々と言ってのける早川に、俺も皆川も、遠藤すらも絶句する。
「ねぇ、御三方」
そんな俺たちの前に、早川はまさに印籠のように、手持ちのスマートフォンを突き出して見せた。

「フリマアプリって、ご存知?」


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