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【短編(4/10)】回転木馬はAB型

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本番まで残り二週間となったところで、放課後の文化祭準備が本格化し始めた。

調理班は家庭科室で試作品を作り、衣装班は素材集めの買い出しに忙しい。業者から揃いのクラスTシャツも届き、どことなく結束感が高まったように思える。
本番まで、給仕係の仕事は特にない。だが俺は委員だ。皆川と共に各班の進捗を見つつ、助っ人が必要なところの手助けをしている。今日は、店舗班のレイアウト作成に同席するつもりであった。

終業のホームルームが終わると、各班、教室の思い思いの場所に陣取って、作業を始める。店舗班は黒板の前に集まり、黒板に見取り図らしきものを貼り付けているところだった。
「猿渡」
俺もそこに合流しようと、立ち上がったところで、声をかけられた。
学内では数少ない、俺と目線の高さが合う男。バレー部の高橋だ。
「なにこれ、文化祭準備?」
スポーツバックを肩に、いつもの気安い調子で話しかけてくる。
「あぁ」
「へぇ。なんかすげぇ、熱が入ってんな。何をやるんだ?」
「いや、えっと……」
思わず口ごもる。答えたくなないが、しかし、いずれはわかることだ。
「男装・女装喫茶」
呟くように答えて、俺は高橋から目線を外す。
二秒ほどの沈黙の後、「ぷ」と高橋が吹き出すのが聞こえた。
「なんだよ、それ。女装?わざわざコスプレなんかすんの?」
「……そうだ」
うへぇ、とわざとらしく顔をしかめて見せる。まじかよ。よくやるなぁ、と俺の肩に手を置いてきた。
思った通りのリアクションに、辟易とした気持ちになる。確かに馬鹿げた出し物かもしれないが、なんの事情も知らないこいつに、ただ嘲笑されるのは腹立たしかった。
やんわりと肩に乗った手を払うと、一瞬意外そうに目を見開き、高橋はまた笑顔に戻った。
「まぁ、いいや。実は斉藤のやつが、怪我しちゃてさ」
言って、スポーツバックを下ろし、俺の向かいの席に腰掛ける。
まさか、この状況でいつものバレー部談義を始めるつもりか。さすがにマイペースが過ぎる。
「悪い」語り出す高橋をさえぎり、告げる。「俺も準備に参加するから」
「は?」
高橋は虚を突かれた顔を見せた。
「え、全員参加なの?ウチは部活動やってるやつ、免除だぜ」
「俺のクラスはそうじゃないし、そもそも俺は部活動をやっていない」
「まぁ、そうだけどよ」
腑に落ちない様子で、眉をしかめる。
どうして自分に適用されるルールが他人にも通用すると思っているのか。俺としては、そちらの方が理解しがたい。
「でも、少しぐらいは大丈夫だろう。聞いてくれよ、今大変なんだから」
「いや、悪いが今度にしてくれ」
「なんでそんなにマジになってんだよ。文化祭じゃん、楽しくやりゃあいいだろう。男装・女装喫茶だっけ?」
小馬鹿にしたような物言いに、思わず頭に血が上った。
「いい加減に……」

「おーい。文化委員」

怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだところで、能天気な声が割り込んできた。振り向くと、いつものへらりとした笑みを貼り付けた早川が、片手を上げて近づいてきていた。

「早く打ち合わせ始めようぜー……って、お。高橋じゃん」

かたわらの高橋に反応する。高橋も「早川」とそれに応じた。どうやら顔見知りらしい。
高橋はちらりと俺を一瞥して、早川を見る。
「文化委員、って猿渡のことか」
「そうだけど」
早川が答えると、苦いものでも口にしたように眉をしかめた。
「猿渡が、文化委員……」
「そ。だからわりぃ、猿渡がいないと困るんだわ。借りていいか」
「……あぁ」
早川は俺の制服をつまみ、そのまま強引にずんずん足を進めて、高橋と距離をとった。
視界の端に、しぶしぶと言った様子で教室を出ていく高橋が映る。
店舗班のいる方とは真逆、教室の背面にある黒板の前で、早川は服を離した。
「悪い。おせっかいだったか」
俺を見上げる。
「……いや、助かった」
あのままだと、場所を弁えず怒鳴り散らしていただろう。せっかくクラスの士気が上がっているところ、白けさせるような真似をせずにすんだ。
「高橋さ、一年の時、同じクラスだったんだよ」
早川が言う。さっきまで高橋がいた方を見ている。
同じクラス。顔なじみなのは、そのせいか。
「他にも、バレー部のやつらが何人かいてさ。色々と話、聞いてたんだよね、俺」
「話?」
頷いて、再び早川は俺を見た。
「去年のバレー部。猿渡ひとり熱が入っていて、ちょっと周りから浮いてた、って」
「……あぁ」
随分ずけずけと言ってくれる、と思ったが、まさにその通りだった。
当時の悲喜交々が、一陣の風のように、さっと胸を過ぎる。

うちの高校のバレー部には、よくも悪くも「ほどほど」の熱量の者が集っていた。
全国大会を目指そう、だとか、先輩からレギュラーをもぎ取ってやろう、だとか、そういう野望展望は一切ない。適度に汗を流して、仲間内の親睦を深め、高校時代のいい思い出を作れたらそれでいい。そういう、和やかな雰囲気が部内に漂っていた。
中学時代、俺が所属していた部はそうではなかった。メンバーの誰もが前のめりで、時間外でも率先して自主練に取り組んでいた。その甲斐あってかチームも強く、最後の夏の大会では県でベスト4の成績を収めた。全国大会への切符を逃した試合では、補欠も含め全員が肩を寄せ合い、涙を流した。
その濃厚な経験を経た俺にとって、新しく高校で入ったバレー部はおさまりの悪い場所だった。
誰も居残って練習をしようとしない。次の試合相手の情報に興味がない。
それが悪いことだと言わないが、どうにも生温い空気に馴染めず、俺は半年を待たずして退部の道を選んだ。

「お前が辞めちゃったことに、引け目を感じているやつもいてさ」
早川は続ける。
「高橋もその一人だと思うんだよ。猿渡から楽しい高校生活を奪っちゃったんじゃないか、みたいに思ってんじゃねぇかな」
「そんなことはない」
「だろうな。俺も考えすぎだとは思う」
早川は頷く。
「でもお前、中学の時、結構有名な選手だったんだろ。なんか、そういうスター性のあるやつを急に日陰者みたいにしちまって、あいつなりにプレッシャー感じてんじゃないかな」
「スター?」
思わず、自嘲気味な声が出た。
確かに、その界隈では多少注目を浴びていたが、さすがに言い過ぎだ。現に、どこからもスカウトなどかからず、こうして普通の高校に進学している。
「わかった。俺はなんとも思っていないから気にするな、と今度言っておく」
「いや、そんなこと言ってやる必要ねえよ。全部あいつの自己満足なんだから」
早川は言った。
「……ずいぶんドライだな」
情に厚そうなイメージからは、意外なほど冷ややかな一言だ。
「そうか?でも正直、俺からしても、猿渡だりぃだろうな、って思うぜ」
「だりぃ、か」
確かに、あいつの相手をするのは、心も身体も一様に消耗する。その表現は、言い得て妙だ。
「ま、一番は、お前が楽しそうにしていることなんじゃない?そういう姿を見せてれば、あいつもいくらか安心するだろうよ」
早川は言った。

俺が、楽しそうにしている姿。

我ながら想像できない。特にこの文化祭期間は難しそうだ。
だが、そんなことを言われても、早川は困るだろう。わざわざ気を回してくれているこいつに、いらぬ心労をかけるのは不本意なところだ。

考え込んでいると、俺の横顔を覗き込むような体勢で、早川がこちらを見ていた。
「なんだ」
「猿渡ってさ、A型?」
「は?」
いきなりなんだ、と思うが、「血液型だよ」と真顔で返される。
「……Aだが」
「やっぱりな」
「なにが、やっぱり、なんだ」
「真面目だなぁ、と思ってよ」
いつものからりとした笑みになり、早川は俺から顔をそらした。そのまま、教室全体を見渡すように目線を向ける。

「深刻に考えすぎなんだよ。どいつもこいつも」

表情とは裏腹に、どこか寂しげな呟きが聞こえた。


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