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白鉛筆
2023年7月8日 06:38
「あの、すみません。ちょっと足を挫いてしまって……手を貸していただけませんか」声をかけると、女性はアスファルトに座った私の手を取り、力を入れて持ち上げてくれた。私は不自然にならない範囲で、できるだけ強く長く、その手を握り続ける。頭の中に画像が流れ込んでくる。そのひとつひとつを追い、おそらくこれ、と思われる静止画をピックアップする。間違いない。さらさに見せられた、あの男性だ。「あの…
2023年7月7日 07:32
私は翔ける。四本脚の動物が如く、腕を使い身体を弾かせ、前へ。もつれながらも足の裏が床につき、さらに前へ。力一杯フローリングを蹴り、サカマキの腕に掴みかかる。服の上からじゃ駄目だ。生身の肌を。さらさの身体を押し退けんと動く手を強引に引き寄せ、胸の前、目一杯の力を込め、握る。頭上では、湿り気を帯びた唾液の応酬。信じられない。一体、どんな思いで。駄目だ。今は集中しろ。探れ。
2023年7月6日 07:41
信じられないことに、さらさはエントランスを開錠し、サカマキをマンション内に招き入れた。「どの道、逃げられません。応援を呼ばれ立ち行かなくなる前に、交渉します」時間勝負です。さらさが言い切るよりも前に、今度は部屋のインターフォンが鳴った。早い。「ひたきさん」「はい」「ひとつ、お願いがあります」「お願い?」「ここを切り抜けられたら、後で私の依頼を聞き入れていただけませんか」「
2023年7月5日 07:27
二回目の共同配信は、私の部屋で行った。前回のカラオケボックスで雑音に悩まされたこと、お互いの最寄駅が割と近いことが判明したこと、そして何より、私自身にさらさとの距離をより縮めたい、という思いが芽生えたことから、そう提案した。都内のワンルームマンション。表札には、本名も記されている。ほぼ初対面に近い相手に、不用心と言えるだろう。舞い上がっている自覚はあった。しかし、舞い上がる自分を許容して
2023年7月4日 06:58
「と、言うわけで、さらさちゃんが相方となってくれたわけなんで、す、が。なんか慣れない感じで緊張しますね。さらさちゃん、あらためてよろしくお願いします」「よろしくお願いします」三脚に立てたスマートフォンを前に、折目正しくさらさは一礼する。画面には『クール』『美人』『真面目そう』と、粗方予想された反応が流れている。時刻は二十二時。さらさをパートナーに迎え、初めての配信がスタートした。場所は前
2023年7月3日 07:26
待ち合わせと言えば、新宿アルタ前か渋谷のハチ公。その両方を下見し、迷った挙句、私は前者を選択した。街中に出るのは久しぶりだった。予想はしていたが、眩暈がするほど人が多く、その大半が着飾った若者だ。洒落た服など持っていなかった上、何が洒落ているのかもわからなかったため、適当に検索をして、オーバーサイズのパーカーにスキニージーンズ、スニーカーをネットで買って着用してきた。目の前の往来を眺める。
2023年7月2日 07:42
瀧本さらさ(本名)。都内の大学に通う学生で、歳は二十一歳。今までに配信経験は無く、また私の配信を見たのも今回が初めてだと言う。「あの、どうして私の相方になろうと思われたんですか」五分ほどの雑談で得た情報は、その質問を投げかけるに十分なほど謎めいていた。こちらの困惑とは裏腹に、瀧本さらさは眉ひとつ動かさない。『実は、以前から知人を通じ、あなたの存在は存じ上げておりました。お近づき
2023年7月1日 19:21
二十二時。配信をスタートする。「こんばんは、ひたきです。好調ですか?」"好調です。""校長先生です!""好調でーす。"開始時刻に合わせ待機していたのであろう、視聴者が続々と入室してくる。「megさんこんばんは。サカマキさんこんばんは。あ、糸魚川さん、お久しぶりです。こんばんは」一人一人名前を読み上げ、ひと通りの挨拶を済ます。計十二人。いつもの固定客はあらかた集まった。手始