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白鉛筆
2022年5月26日 07:03
『あぁ、あの"SHINONOME"ってフォルダ?まだ消していないよ』電話越し、ジュエリー男が答える。引越しを明日に控えた夜。荷物を詰めた段ボールのうち、一箱の上にノートパソコンを広げた状態での通話。床にはメモが散乱しており、そのすべてが例の"シノノメ"に関する手がかりを記したものである。「ありがとうございます。では、それを丸ごと転送していただけませんか」『え』いやぁ、それは……
2022年5月25日 07:51
病室に着いたのは、面会時間ぎりぎりに近い十九時過ぎだった。四人部屋の手前側。ちょうど夕食の盆を下げる看護師とすれ違い、カーテンを開ける。私を認めた母は少し目を丸くして、すぐに視線を逸らした。「ごめんなさい。遅くなった」謝罪を述べたことが意外だったのか、母はまたこちらを向き、訝るような視線をくれる。「何、気持ち悪い」「こちらが依頼したことだから」「あぁ。なんだったっけ。書類?」
2022年5月24日 07:03
『最近、お腹の中から力強く蹴ってくる、さっちゃん。早くお外に出たいのかな。無事に会えるのを、とても楽しみにしています』『さっちゃん生誕!!!とても不安だったけれど、するりと出てきてくれたね。本当に、本当に生まれてきてくれてありがとう!』『こちらを認めて、笑顔を見せてくれるように。毎日大変だけれど、疲れが一瞬で吹き飛びます。さっちゃん、愛しているよ』母子手帳には、妊娠中の母の状態、私の出
2022年5月23日 07:00
『A区立H小学校 一年二組十八番 瀧本さらさ』。母校の校章がプリントされた、その三つ折りの紙を開くと、当時の私に対する評価が細かい文字で綴られていた。「通知表……」思いがけぬアイテムに戸惑いつつも、この箱が一体どういう類のものであるか、じわじわとわかり始めてくる。通知表の下には、丸めた画用紙。輪ゴムを外して開くと、クレヨンで描き殴られた拙い絵が現れる。他にも、紙粘土製の不恰好なオブ
2022年5月22日 07:50
およそ二年ぶりの実家のドアは、記憶の中のそれと変わらぬ様相で私を迎えた。元々は、かつて母方の祖父母が暮らした一軒家。大きくはないが、母と私が二人で住むには十分な広さがあった。今は母一人なので、さぞかしスペースを持て余しているに違いない。キーホルダーも何もつけていない、剥き出しの鍵を財布から取り出す。ドアを開けると、かつて暮らした家屋の匂いが、鼻を刺激してきた。「……お邪魔します」
2022年5月21日 09:29
私の額には傷があり、しかし私はその傷がついた所以を知らない。中学三年の秋以降についたものであることは、間違いない。卒業アルバムの個人写真にはそれが写っておらず、高校入学時にはすでに黒々とした痣ができあがっていた。左の眉の上に広がるそれは、なかなかに広範囲のもので、前髪をボリュームいっぱい垂らしても存在がわかるほどである。当時、それなりの衝撃が加わったものと窺えるが、何故かその瞬間の記憶が
2022年5月20日 22:00
『この”SHINONOME”ってフォルダ、削除しても大丈夫かい?』ハンズフリーにしたスマートフォンから、ジュエリー男の声が問う。”シノノメ”という音の並びに、淀みなく動かしていた手が、止まる。『そもそも、これは何だい?パスワードがかかっているけれど』「羽鳥先生に頼まれてアポイントを取った方です。そのまま削除いただいて構いません」答えると、『あぁ、これが例の』とジュエリー男。『じゃあこ