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SHINONOME

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連作短編のSHINONOMEシリーズをまとめています。
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2022年5月の記事一覧

【短編】SARASA ⑦

【短編】SARASA ⑦

『あぁ、あの"SHINONOME"ってフォルダ?まだ消していないよ』

電話越し、ジュエリー男が答える。

引越しを明日に控えた夜。荷物を詰めた段ボールのうち、一箱の上にノートパソコンを広げた状態での通話。
床にはメモが散乱しており、そのすべてが例の"シノノメ"に関する手がかりを記したものである。

「ありがとうございます。では、それを丸ごと転送していただけませんか」
『え』

いやぁ、それは……

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【短編】SARASA ⑥

【短編】SARASA ⑥

病室に着いたのは、面会時間ぎりぎりに近い十九時過ぎだった。

四人部屋の手前側。ちょうど夕食の盆を下げる看護師とすれ違い、カーテンを開ける。私を認めた母は少し目を丸くして、すぐに視線を逸らした。

「ごめんなさい。遅くなった」

謝罪を述べたことが意外だったのか、母はまたこちらを向き、訝るような視線をくれる。

「何、気持ち悪い」
「こちらが依頼したことだから」
「あぁ。なんだったっけ。書類?」

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【短編】SARASA ⑤

【短編】SARASA ⑤

『最近、お腹の中から力強く蹴ってくる、さっちゃん。早くお外に出たいのかな。無事に会えるのを、とても楽しみにしています』

『さっちゃん生誕!!!とても不安だったけれど、するりと出てきてくれたね。本当に、本当に生まれてきてくれてありがとう!』

『こちらを認めて、笑顔を見せてくれるように。毎日大変だけれど、疲れが一瞬で吹き飛びます。さっちゃん、愛しているよ』

母子手帳には、妊娠中の母の状態、私の出

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【短編】SARASA ④

【短編】SARASA ④

『A区立H小学校 一年二組十八番 瀧本さらさ』。

母校の校章がプリントされた、その三つ折りの紙を開くと、当時の私に対する評価が細かい文字で綴られていた。

「通知表……」

思いがけぬアイテムに戸惑いつつも、この箱が一体どういう類のものであるか、じわじわとわかり始めてくる。

通知表の下には、丸めた画用紙。輪ゴムを外して開くと、クレヨンで描き殴られた拙い絵が現れる。他にも、紙粘土製の不恰好なオブ

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【短編】SARASA ③

【短編】SARASA ③

およそ二年ぶりの実家のドアは、記憶の中のそれと変わらぬ様相で私を迎えた。

元々は、かつて母方の祖父母が暮らした一軒家。大きくはないが、母と私が二人で住むには十分な広さがあった。今は母一人なので、さぞかしスペースを持て余しているに違いない。

キーホルダーも何もつけていない、剥き出しの鍵を財布から取り出す。
ドアを開けると、かつて暮らした家屋の匂いが、鼻を刺激してきた。

「……お邪魔します」

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【短編】SARASA ②

【短編】SARASA ②

私の額には傷があり、しかし私はその傷がついた所以を知らない。

中学三年の秋以降についたものであることは、間違いない。卒業アルバムの個人写真にはそれが写っておらず、高校入学時にはすでに黒々とした痣ができあがっていた。

左の眉の上に広がるそれは、なかなかに広範囲のもので、前髪をボリュームいっぱい垂らしても存在がわかるほどである。
当時、それなりの衝撃が加わったものと窺えるが、何故かその瞬間の記憶が

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【短編】SARASA ①

【短編】SARASA ①

『この”SHINONOME”ってフォルダ、削除しても大丈夫かい?』

ハンズフリーにしたスマートフォンから、ジュエリー男の声が問う。”シノノメ”という音の並びに、淀みなく動かしていた手が、止まる。

『そもそも、これは何だい?パスワードがかかっているけれど』
「羽鳥先生に頼まれてアポイントを取った方です。そのまま削除いただいて構いません」

答えると、『あぁ、これが例の』とジュエリー男。『じゃあこ

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