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【短編】SARASA ④


『A区立H小学校 一年二組十八番 瀧本さらさ』。

母校の校章がプリントされた、その三つ折りの紙を開くと、当時の私に対する評価が細かい文字で綴られていた。

「通知表……」

思いがけぬアイテムに戸惑いつつも、この箱が一体どういう類のものであるか、じわじわとわかり始めてくる。

通知表の下には、丸めた画用紙。輪ゴムを外して開くと、クレヨンで描き殴られた拙い絵が現れる。他にも、紙粘土製の不恰好なオブジェに、ちぎった色紙を側面に貼った万華鏡。いずれも幼稚園で私が作ったものだろう。園との連絡帳も出てきた。

確定だ。

私にまつわる品々のうち、母親が管理していたもの。それら一式が、この箱には詰め込まれている。

あの人がやりそうなことだ。

一番新しいものが、小学一年時の通知表というところも頷ける。それ以降は、母が離婚し、私との距離が開き始めたタイミングだ。

ちょうど、一葉の写真が箱から現れた。かつてリビングにでも飾られていたのだろう、小洒落たフォトフレームに収められたままの、家族写真。ここでいう『家族』とは母と私、それから今は会うこともない、私の父親である。

場所は動物園か遊園地か。ベンチの前で、三人が並んで立っている。真ん中にいるのは父親で、向かって左側に、父に腕を絡ませもたれかかる母。対して右側に、背丈の低い私の姿。かろうじて父の指先に手を添えてはいるものの、両親のツーショットに、無理矢理合成されたかのような異物感がある。

この写真から父がすっぽり消え去るところを想像すればわかる。母はバランスを崩し倒れ、私の繋いでいた手は空を切る。
まさにそれと同じことが、私たち『家族』の間には起こった。

父の存在により、かろうじて繋がっているように見えた母と私は、その接点を失い他人となった。衣食住と最低限の教育を賄う以外、母は私への関心を向けなくなり、私も私で、およそ母親に求める事項のうち、温かみのあるものは期待しなくなった。

母に必要なものは父、あるいは仮初めにも父の代わりを担える男。父の面影を宿す私の存在は、『父を喪失した』という耐え難い事実を想起させる装置。

そう悟った。

「まるで、タイムカプセルね」

私も、この箱も。

写真を起き、引き続き中身を漁る。どれも取るに足らない、不要な品ばかり。いっそ箱ごとゴミに出してやろうかと思えてきたその時、最下層にある薄く小さい冊子に手が触れた。

表紙にはデフォルメされた赤ん坊のイラストと、私の名前。そして保護者として、母の名前。

母子健康手帳。

初めて目にするそれを手に取り、私はページを開いた。

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