見出し画像

SHIROが始める「森と生きる」宿泊施設


つくり手の「顔が見える」建築

2024年、春。

ブランド創設から15年の記念すべき今年、SHIROは北海道の長沼町に一棟貸しの宿泊施設「MAISON SHIRO(メゾンシロ)」をオープンしました。

「どうしてSHIROが宿泊施設をつくったの?」と不思議に思われる方がいるかもしれませんが、もちろんしっかりとした理由があります。

SHIROが生まれ育った砂川に「みんなの工場」を建てているときのこと。使用する木材を選び、どのように使うかを建築に関わるメンバーと考えている中で、こんなことを思いました。

「SHIROの製品をつくるときは生産現場のことを思い浮かべるのに、建築で使う材木をどのように育てているのかを見る機会がほとんどないのでは」

SHIROの製品はどれも、素敵な生産者さんとのつながりから生まれています。誰がどんな想いで育てているかが分かるから愛着が湧くし、つくり手の顔が思い浮かぶから大切に使っていただけると信じています。だから、生産過程を隠すことなく公開しています。

一方で、たとえば家を建てるとき、どこで育った木を使っているのか知る機会はほとんどないのではないでしょうか。ましてや、どんな人がどんな想いで伐採してくれたのかなんて、想像する機会もありません。SHIROのものづくりとは、真逆のプロセスです。

だけど本来は、つくり手の顔が見えたほうがいいはずです。そもそも家を建てるのは、多くの人にとっては人生で一度きりの体験です。人生で最も高価なお買い物であるケースも多いでしょう。

それなのに、メーカーがつくったカタログを見て、その中から選んで決めてしまう。模型を見ただけで良し悪しを判断しないといけません。

最も高価なお買い物で、かつ自分や家族が暮らす場所を、そんなふうに決めてしまうのは、なんだかもったいないように思います。

その「もったいなさ」「寂しさ」は家だけでなく、工場などの建築でも同じです。少なくともSHIROは、製品だけではなく建築物も、生産現場を想いながらつくっていきたい。そこで、ものづくりとまったく同じプロセスで、建築にチャレンジしてみようと考えました。

製品をつくる前に現地を訪れ、生産者さんと出会うように、自分たちの足で森に入って、木こりの方々と出会って、誰もが宿泊できる宿泊施設をつくることにしたのです。

日本人が知らない森の話

私は「MAISON SHIRO」をつくる以前から、森に興味を持っていました。

きっかけは、札幌市のイタリアンレストラン「TAKAO」の高尾僚将シェフとの出会いでした。高尾シェフは、“森を料理する料理人”といわれるほど、森の素材を扱った料理を得意とされています。

初めてお店を訪れた際は、森で採取した木の実を発酵・蒸留させて料理に使ったり、アイヌの保存食を独自に再現したりと、私たちがまったく知らない世界を見せてくれました。

お店にはさまざまな素材が標本のようにストックされていて、数々の料理に感動する一方で、私はひどく落ち込みもしました。国内外を旅して、自然素材をたくさん知ってきたつもりだったのに、「まだまだ知らないことがたくさんある」と気付いたからです。

そんな背景もあり、私はとにかく森を歩くようになりました。もっと森を知って、まだ発見されていない自然素材を見つけたいと思いました。すると、針葉樹林を管理されている、とある木こりの方との出会いに恵まれました。お話をしていくと、「ちょうど切り頃な針葉樹がありますよ」とのこと。

食品であれば旬な食材は地元のレストランなどに販売して、美味しく料理をしてお客様のもとに届けられます。あるいはスーパーに陳列され、家で素敵に料理されるかもしれません。

ところが、木の場合はせっかく「切り頃」なものがあっても売り先が見つからず、「薪にする以外に選択肢がない」というのです。数十年かけて育ててきた木が、一瞬で燃え尽きてしまう以外に選択肢がないなんて、あまりに悲しいことです。

この「切り頃」の木は、今からおよそ50年前に植えられたもの。50年も生きてきたのに、伐採されて使い道がほとんどない。あまりに残酷な話で、私は「50年も生きてきた木なら、50年使えるものに生まれ変わらせないといけない」と思いました。

薪になる予定だった針葉樹は、どれも素晴らしい素材です。そこでみんなの工場の壁面に使わせてもらうことになりました。薪しか使い道がなかったのではなく、薪にする以外の使い道が提示されていなかっただけだったのです。

一瞬で燃え尽きてしまう予定だった木は、みんなの工場を訪れた人を長年見守る外壁へと姿を変えることになりました。すべての資源の価値を見つめ直し、本質的な循環をつくっていきたいと考えているSHIROにとって、とっても嬉しいことです。

森の都合に合わせた建物づくり

森を歩き、自分で選んだ木でものづくりを経験してみると、日本の森林はちゃんと活用されていないのではないかと思うようになりました。

日本の国土は3分の2が森林ですが、多くの人は森に入ったことがなく、そのうち天然林や人工林は何割なのか…ということを知っている人は少ないですよね。

高尾シェフのように森を活用するプロフェッショナルもいますが、大抵の場合は有効活用されていません。木こりの方々も、自分たちが伐採を手がけた木材の活用先を知らないケースも多いといいます。ましてや木こりの方々に伐採作業を依頼する山主は、ほとんどの場合で自分の森から搬出された木が何に使われているかなど、把握していないでしょう。

でも、SHIROが森を生かしたものづくりをして、興味を持てくださった人が森に入り、自由に木の利用方法を考えられるようになったら、少しずつ状況が変わるかもしれません。SHIROは木こりの方々から直接、木を購入しています。そうして木こりの方々や山主に正しく対価が支払われるようになれば、森も必然的にきれいになっていくはずです。

そうした想いから生まれたのが、「MAISON SHIRO」です。

後世に豊かな地球を残すこと、子どもたちにものづくりの素晴らしさを伝えていくこと。そうした私たちの想いを伝えるために、SHIROのものづくりとまったく同じプロセスで、一棟貸しの宿泊施設をつくりました。

「MAISON SHIRO」は従来の建築とは違い、森の都合でつくられています。家を建てる場合、土地という制約があり、また一般的な住宅設計を基準にして「ここにはこんな材木が必要だから、5mに切ってしまおう」と決まっていきます。どんな木がとれるかに関係なく、元からある設計が基準です。

一方、MAISON SHIROでは先に設計をするのではなく、すでにある木の長さに合わせてつくっていきました。まさに「森の都合に合わせた建築」です。

それでも、丸い木を四角に切らなければいけないシーンは発生するので、どうしても建築に利用できなさそうな部分が出てしまいます。そういったものですら、捨てずに利用先を探して活用しました。柱や梁といった構造材だけではなく、壁や床の裏側にある見えない下地材や外壁、造作家具に姿を変えています。

効率性を重視しないプロセスで建築したので、手間がかかり、その分かかる費用は増えました。とんでもない金額がかかったんだろうと言われますが、実は2割増しくらいです。

つくり手の顔が見えるものづくりをして、多少ばかり値段が高くなるのは、ものづくりの正しい姿勢だと思っていますし、私はこれを決して高いとは思いません。

素敵だね、で終わらせない

「SHIROが一棟貸しの宿泊施設をつくった」というと、いわゆる新規事業的な見られ方をしてしまうかもしれませんが、これで商売をするつもりはありません。

自分の足で森を歩いて、木こりの方々と話をして、自然に対してどんな恩返しができるかを手探りで実験した…というのが嘘偽りない本音です。そうして生まれた「MAISON SHIRO」に宿泊していただくことは、建築のあり方を考え直すきっかけになるかもしれませんし、SHIROの想いを感じ取っていただく機会になるとも思っています。

事実、「MAISON SHIRO」を利用していただくお客様の多くは、「素敵な宿に泊まりに来た」というだけでなく、自然に対する見え方が変わったり、資源の価値について考えたり、もっと深い感情を抱いていただいたりしています。

実は、そうした経験を提供できているのには、建築へのこだわり以外にも、自然の魅力をダイレクトに感じられる宿泊体験が関係しています。

では、MAISON SHIROの内側はどうなっているのか。次回は、実際に泊まらないと分からない“SHIROの暮らし”についてお伝えします。

MAISON SHIROに関わる仲間たち

*MAISON SHIRO

(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?