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スワンの日常【過去記事】あのオリエンタルホテル宿泊に成功!(後編)


完結編だす。

おかみが去った、冷え冷えした部屋。
ジーーーーーーーゴーーーーーーーと絶え間なく音がする。なんの音なのか。それにしても笑い堪えて腹がいたい。とりあえず、お茶を飲もう。

急須をもちあげると、もうすでにお湯が入っていた。蓋をあけてみると、ねえ絶対さっきまでこれでお茶飲んでたよね?っていう感じの、出涸らしっていうのでしょうか、にわかに…言われてみればにわかに香りがのこる烏龍茶が入っていた。

ううんいいの。出涸らしでもなんでもいい。
とにかく温かなものは、手っ取り早く
しあわせと安心感に近づけるのだから。

かけたカップ。やや緊張ありw

飲み口のかけたカップにお茶を注ぐ。両手でカップをだきしめる。はぁ。吐く息が白い。

 暖房、、あるのかなあ。

見渡してもエアコンらしきものはない。あるのは、目の前に昭和風味たっぷりの、やたら縦長の首振り電気ストーブだけだった。

 これ、動くかなあ?

夫がガシャガシャいじっていると、おかみがアメニティーグッズ(!)を届けにきた。当然バスタオルはない(風呂はいらないからね)。

「ここ、置いとくからね。あとここ、座らないでね、抜けるから」

そういって、おかみはまた階下へ消えた。だからなぜ、座らないでね、のところにソファーおくのか。

よし、とりあえず、何か食べにいこう。我々は夜の横浜へ繰り出した。

食べ放題はいきません!w

しこたま食べて約束の時間に戻ると、オリエンタルホテルは真っ暗で待っていてくれた。

 た、ただいまー、、、

指定の時間より早く戻りましたが、真っ暗ですw

そおーっとスイングドアを開け、敷居を跨ぎ、

みしっ ぎしっ ばごっ

といういつ抜けるかわからぬ緊張の階段を上り、部屋へ戻る。ハァハァ、やっぱり息が白かった。

真鍮のドアノブが冷たすぎて、
どっちが回すか夫とジャンケン。

なんとなく電気はつけっぱなしでいったので、(もう2度とつかなかったら夜中に困るから)お腹も満たされてほっとした中、ようやく部屋の中を落ち着いて観察できた。

このソファーの下が抜ける床らしいが
そこへなぜソファー置くかw
この箪笥を開くのも命がけ!

ここに立たないでといわれた場所に、夫がふざけて立とうとするたびに、ドリフの床ぬけシーンを妄想して笑いが止まらなくなる。やめてーーーー!

大体、ここに立つなというところに、なぜソファー置く?これは罠かっ

部屋には、ダブルベッドに、手の届かない↑洋簞笥(絶対怖くてあけられない)、仕事を終えているはずのブラウン管のアナログテレビ、首をふるタイプの電気ストーブ、

窓とベッドの間には、折り畳まれた段ボールが挟まっており、枕元にここだけ妙に新しめのボックスティッシュ。

この謎の段ボールが、のちにいい仕事をする。

小机とステンドグラスの電気スタンド。何に使うかわからないリモコン。動かない懐かしのラジカセ。

歯磨き粉が最初からついている懐かしの歯ブラシセットに、いつからふせておいてあるのかわからない、時を感じるカップたち。

しかし、壁かけカレンダーだけはしっかりと時を刻んでいた。


おかみさんが持ってきてくれたアメニティグッズ(!)は、なんとか興業とか、なんとか電気店と印字されている、カピカピのタオル2枚と、どこかで見たことのある旅館のロゴ入り浴衣と、わき開きすぎの浴衣。

どこかで聞いたおぼえのある・・・
真冬には厳しすぎます。

化粧を落とす。冷たい水で顔を洗う。寒い。冷たい。旅館にきて、寝る前にホッカイロをお腹と背中に貼るのは初めてだ。

ここまできたらワタシも自分を晒します。

ダブルベッドの床は抜けないのか。もしもここで男女のアレコレなんてことがはじまったら、一体どういうことになるのか。当然我々はそんな微塵もなく、厳しい寒さに耐え、毛布にくるまる他なかった。

20カ国以上をまわってきた夫は、どんなところでもマイペースに寝られる人だ。あっという間にいびきをかいている。ほんと尊敬するわ。

一方私はというと、寒さと興奮で寝付けず、ほんの少しの物音も聞き逃すまいと耳をすませて様子を伺っている。そういえば、あのどごーーーーーーーーって音がしない。電気を消したからか。耳が痛いほど静かだ。ここがあの賑わいの中華街だとは誰が思うだろうかというほどの静けさだ。

夫が寝返りを打つたびに、いつコントのようにベッドごと階下に落ちるかと思うとおちおち寝てもいられない。スリル満点楽しい…とても楽しい…そして寒い。

トイレカバーがしてあってもヒィっ!となる。

窓際のベッドは凍り付いていた。隙間風が首元に流れ込む。思わず挟まれてた段ボールに手をのばす午前3時。ああそのための窓際の段ボールだったのか!

 パチン。

急に廊下の電気が消えた。誰が消したんだろう。中華の闇にむりやり落とされ、私はその夜、異国で迷子になる夢を3本だてで見た。


なんだかきれいな朝の光。

翌朝、カラスの声で目覚める。背伸びをしたくて窓をあけるとそこはベランダだった。おいっと小さくツッコむ。

どんな設計だ。

おはようの息が白い。きっと陽のある外の方が暖かいだろう。しかしとにかく数時間眠ったのだ。

ついに私はオリエンタルホテルに宿泊したのだ!朝の光に包まれながら、しみじみとその達成感を味わう。

つけたくてもコンセントが見当たらなかった。

買ってきたコーヒーのドリップパックをセットし、ポットからお湯を注ぐが、水だった。

ですよね。

途端にやることがなくなった。外へ出て探索がしたいのだが、なんとなく昨夜みた限り、階下は住まい?のような気もして、あまりジロジロ動き回るのは失礼にもあたるし、やめておく。

昨日は広く感じたが
目覚めてみると意外にこじんまりした部屋だった。

ああ、もっとここにいたい。じっくりゆっくりしていたいが…とにかく寒い。こりゃ夏もきついだろうな。今度はエアコンの要らない季節に来ようと思う。

まだチェックアウト時間前だが、我々は退散することにした。

深すぎるエンジ色と水色の対比。

さようなら、オリエンタルホテル。
ずっと憧れてきた、謎の東方旅社。

横向きで一人ずつ階段を降りながら、ついキョロキョロしてしまう。すべてを記憶に留めて受け止めたい気分。

ドゴッ ギゴッ バゴッ 

てきとーに帰れといわれても、だまって去るのもしのびなく、ついフロントで声をかけてしまう。

「どーもーお世話になりました」「ありがとうございましたー帰りますー」

 しーーーーーん、、、、

あきらかにドアは開いているが、
ホテルオリエンタルは今日も誰もいないふりをしている。


(2013年12月)

ーーー

のちにオリエンタルホテルは2015年6月に解体されたと知った。この宿泊から1年半後のことだった。あの風姿が中華街から消えて久しい。この思い出をnoteに書き記しておきたかった。受け入れてくれてありがとう、ホテルオリエンタル。


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