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天草騒動 「23. 三宅藤右衛門後詰め働きの事」

 深木七郎右衛門は一旦は一揆を破ったが、蘆塚の指図で配下の者をほとんど討たれてしまった。今はこれまでと覚悟を決め、再び代右衛門と火花を散らして戦った。死を決した槍先は鋭く、ややもすると代右衛門が突き立てられて危うくみえた。

 蘆塚忠右衛門はそれを見て、鹿子木に言いつけて、「深木を撃て」と下知した。

 左京は、嫡子の八兵衛に持たせた十匁玉を鉄砲に二つ詰めて狙いすまし、深木が代右衛門の真っ向から槍を突き出そうとしたところを撃った。狙いあやまたず、玉は深木の胸板を打ち抜いた。七郎右衛門は急所に痛手を受けてたまりかね、馬からまっさかさまに落ちてそのまま息絶えた。

 代右衛門は危ういとところをのがれて、かちどきをあげてまた原田を追いかけた。原田はかろうじて山道をたどって逃げて行ったが、一揆の者に追い迫られる原田を三宅藤右衛門が見つけた。

 三宅藤右衛門義信は信義の武士であったので、今回こちらに連絡もせずに原田が出陣したのを憤っていたが、「これは私的な遺恨であり、合戦は主君の武名に関わる天下の大事だから救わねばなるまい。少人数ではあっても打って出よう。」と総勢二百人余りに密集体形をつくらせ、鬨の声を上げて森宗意軒の軍勢に鉄砲を撃ちかけ、まっしぐらに打ってかかった。

 一揆の者は統制もなく追いかけて来たので、三宅にうちかかられると、ほうほうのていで敗走した。その隙に原田をはじめとして皆ようやく息をつくことができた。

 このとき、千々輪五郎左衛門が馬に乗って前に出て、
「味方にとって十分な勝利である。みだりに進んではいけない。敵は敗れたとはいえ、武士である。また、三宅藤右衛門は武略のある勇士だから、そこつな振舞をして失敗すると、これまでの勝利が無になってしまうであろう。このまま引きあげよ。」と全軍に下知を与えて、しずしずと引きあげた。

 唐津勢も一揆の者たちが退くのを見て、それぞれに引きあげた。

 さて、一揆の者たちは帰陣して今度の勝利を喜び、その上武具、馬具、兵糧を奪うことができたので、これもひとえに蘆塚の軍略のおかげと、皆おおいに感心した。

 この上は蘆塚を軍師にしようと一同が申し立てたので、大将の四郎大夫も同意して、この時から蘆塚を軍師にした。

 さて、大将の四郎大夫が人々に向かって、「これから富岡城を攻め落として根城にし、もしも大軍が攻め寄せて来たらそこで防戦したらどうか。」と言ったので、人々は、「そうしよう。何の造作もなく、たちまち踏み潰してやろう。」と勇みたった。

 蘆塚はそれを制して、

「富岡の城を攻めるのはよくありません。今回島子のいくさに敗れたのは唐津勢にとって武門の恥辱です。三宅藤右衛門は勇気と武略のある武士だから、今度の恥をそそごうと必死に防戦するはずです。そうすれば、きっと味方に討ち死にする者がたくさん出るでしょう。

その上、富岡を根城にすると、ほかの場所に出陣して戦いを決しようという気持ちがきっと薄れるでしょう。また、他の土地に出陣して戦いが困難な状況になったら、百姓たちは全員富岡に退いてしまうでしょう。そうすれば戦う者がいなくなってしまいます。このような場所は無用です。もしも富岡を取っても、関東から下知があれば西国の連合軍がやってくるでしょう。そうなったらわれわれの滅亡もありえます。

しかしながら、大将の下知に背くのも恐れ多いので、一度攻め立てて、城兵が再び顔を出せないように押え込みましょう。まず、その手配りをしましょう。」と言った。

 まず、大手に向かう先陣は、千々輪五郎左衛門を大将として一揆二千人余り。

 搦手には大矢野作左衛門を大将としてこれも二千人余り。

 二陣は、天草甚兵衛、赤星内膳、森宗意軒、天草玄察を大将として四隊に分け、三千二百余り。

 大将の旗本には、旗奉行に千束善右衛門と楠原八郎兵衛、鉄砲頭には布津村代右衛門、山田右衛門、四鬼丹波、堂島対馬、大江治兵衛、駒木根八兵衛、鹿子木左京、そのほかに長柄奉行といくさ目付をおき、蘆塚忠右衛門を軍師としてその勢三千五百人余り。

 総勢合わせて一万人余りが、天帝の旗百五十五流、鉄砲六百挺、長柄の槍百筋、そのほか竹槍や鎌などを持たせて、大将四郎大夫を中央に置いて押し寄せ、城から四五町ほど離れたところに布陣した。

 城内ではこれを見て全員激怒し、「口惜しいことだ。百姓などに城に攻めかけられるとは武門の面目を失ってしまった。この上は城を固く守って落とされないことに専念しよう。」と櫓や狭間に鉄砲を配り、大手には三宅藤右衛門、岡島治郎左衛門と三宅の配下の武士十七騎、足軽と鉄砲組を合わせて城兵二百人余りで守備を固めた。また搦手は、原田伊予、大竹嘉兵衛、小笠原齋宮、渡邊卜庵、岡島七郎左衛門をはじめとする唐津勢、合わせて三百人余りで固めた。


 24. 渡邊小左衛門同意の事

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