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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (1)

 これは、たぶんぼくだけが知っている戦いの物語。そしてこの地球上でぼくしか知らない大切な友達の物語。

 その日の天気は、晴れだった。この季節には珍しく、雲がひとつもない青空だった。それを、ぼくは車の窓からぼーっと眺めている。その横では、ぼくの妹であるサヤが大きなあくびをしていた。
「もう着いた?」
 サヤは、眠そうな声で運転している父さんに聞いた。
「もうすぐ着くよ」
 父さんは、こちらに背を向けた状態でそう答える。
「ふぁーい」
 サヤは目を擦りながらそう返事をよこした。ぼくは、視線を窓の外に戻す。窓の外は高いビルがそびえ立つ都会から、いつの間にか、田んぼが広がる田舎の光景が広がっていた。田んぼには若干ながらも雪がちょっと積もっている。道路脇にもほんの少しだが雪が残っており、東京とは訳が違うんだということがはっきりとわかる。ぼくは、ため息をついたその時、視界のはしに、何か光るものが見えた。なんだと思い、目をあげると、なんと光の球のようなものがやってきた。しかも、ふたつも。
「何これ」
「どうしたの?」
 サヤはまだ眠そうな声で言った。
「流れ星」
 ぼくがそう答えると、彼女はまるで水を得た魚のように身を乗り出した。
「えー、どこどこ」
「あそこだよ」
 ぼくが指さした時、流れ星はまさにぼくたちの目の前を通り過ぎようとしていた。ぼくたちは、きれいな孤を描く ふたつの星から目が離せなかった。やがて流れ星は、車たちよりも早く向こうの山へと消えた。それは、ぼくが今までの人生––とは​​​​言ってもまだ十一年だけど––の中でとても忘れがたくなる程、美しい光景だった。一体星たちはどこに行ったのだろう。ぼくが星たちの行方を探そうとしたその時、後ろからサヤの鋭い声が聞こえた。
「お兄ちゃん、頭」
「え」
  ぼくは車の天井に頭をぶつけた。
「いてっ!」
「もう、お兄ちゃんったら、何かに夢中になると何も見えなくなるんだから」
 サヤは、あきれてため息をついた。
「えへへ、ごめん」
 ぼくが頭をかいていると、急に眼下に街並みが入ってきた。
「ナオト、サヤ、前を見てごらん」
 父さんに言われるがままに前を見ると、青い水平線が見えた。
「うわあ」
「きれい……」
 青い空、穏やかにないだ海。湯の花市。東京より遠いところにあるこの海の見える街こそが、ぼくたちの目的地であり、ぼくの引っ越し先だった。ぼくは父さんの仕事の都合で、この春からこの街に住む。

 正午。市内の中心にある星森山。頂上にある天文台で知られるここは、県内でも有数の天体観測のメッカだ。真昼の頂上は、花見にはまだ早い季節柄、人っ子一人いなかった。そんな中、ツツジの茂みから一匹の灰色の野良猫が現れた。野良猫は、青空に向かって大きなあくびをすると、後ろ足で頭をかいた。猫は、公園として整備されているこの頂上を寝床にしていた。その日も、風の向くまま、気の向くまま、猫はのんびりと過ごしていた。上から青い流れ星が、自分に向かって飛んでくることも知らずに。

(続く)

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