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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (2)
ぼくたち一家が新しい我が家に到着したのは、お昼過ぎのことだった。中心部から離れたところにある海が見える高台に立つ四階建てのメゾネット式のアパートの一室。それがぼくの新しい家だった。アパートに到着すると、正面入り口で、小柄なおばあさんが掃き掃除をしていた。ぼくがこんにちはと言うと、おばあさんはにっこりと笑った。
「あら、新しい方?」
「はい、今日からここに引っ越してきた高山です」
父さんはおばあさんに改めてあいさつした。
「まあ、ご丁寧にどうもね。大家の古谷です」
古谷さんは人懐っこい笑顔が魅力的な人だった。
「ほら、二人もしなさい」
ぼくとサヤは母さんに促されるまま、三好さんの前に出た。
「えっと、た、高山ナオトです。今年五年生になります」
緊張しているぼくに続いて、サヤもそれに続いて挨拶する。
「高山サヤです。三年生になります」肝が座っているサヤはきちんとあいさつをした。小さいのに度胸があるなあ。ぼくはその堂々ぶりがうらやましかった。
数分後。引っ越し屋さんのトラックがやってきた。これから行われるのは、荷物を部屋に運ぶ作業だ。もちろん、ぼくも手伝う気でいる。
「ぼく、手伝うよ」
「おー、悪いね」
父さんと引越屋のお兄さんは嬉しそうだった。
「あたしも手伝うよ」
ぼくに続いてやってきたサヤも交えて、作業が始まった。
「じゃあナオト、そこに服とか入ってる段ボールがあるから持ってって」
「はーい」
ぼくは、段ボールを持って、入り口にある階段を登った。その先にはフローリングと白い壁でできた空間が広がっていた。いわゆる2LDKの大きさで、端っこの突き当たりには、小さなキッチンがしつらえてある。まだあまり作業が進んでないのか段ボールだけが乱雑に置かれていた。ぼくは、テーブルの上に段ボールを置くと、部屋を眺めた。大きな窓からは春の光が漏れており、真新しい壁からは少し独特な匂いがした。一分だけ眺めた後、また外に戻った。次に運んだのは、自分の荷物だ。茶色いみかんの文字が書かれた段ボール。その中に入ってるのは、ぼくの宝物だ。再び階段を上がって中に入った後、その奥にあるらせん階段を登る。そうすると小さな部屋が現れた。ここがぼくとサヤの新たな城となる。そこでは、サヤが自分の荷物を置いていた。ぼくも段ボールを開ける。そうして現れたのは、かっこいいスーツやアーマーに身を包んだヒーローのフィギュアだ。みんなぼくが小さい頃からの憧れだ。ぼくはすでに運び込まれた机の上にそれを並べる。
「お兄ちゃん、持ってきたの、それ?」
サヤは、ポカンとした表情でぼくを見た。
「うん」
ぼくがそう言うと、サヤは肩を落とした。
「それ、どこに飾るの?」
「自分の部屋」
再びサヤに背を向ける形になると、後ろからため息が聞こえた。呆れるのも無理はない。サヤはもっぱらダンスに夢中で、ヒーローものに興味がないのだ。
「ふふふ、ぼくの宝物だよ」
ぼくは鼻歌まじりに、フィギュアを飾った。
それからというもの、荷物を持って部屋に入り、それを置いてまたトラックに戻るという作業が続いた。同じ行動の繰り返しだけど、何もない空っぽの部屋に、徐々に家具が増えていくのを見るのは楽しかった。荷物を持って階段を上り下りするのは大変だったけど。
そんなこんなで同じ行動を繰り返しているうちに、いつのまにか、日が傾いてきていた。繰り返しの作業をしていると、さすがに疲れてきた。
「はあ……」
段ボールを手に持ったまま休憩していると、後ろから肩をどつかれた。見ると、サヤが眉を釣り上げて立っていた。
「何ぼーっとしてんのよ」
「ああ……」
ぼくがあわててまた歩き出そうとした時、向かいの空き地の茂みから、何かガサガサいう音が聞こえた。
「なんだ?」
ぼくは思わず立ち止まる。
「どうしたの?」
サヤも立ち止まる。
ガサガサ、ガサ。その音とともに顔を出したのは、なんと灰色の猫だった。野良猫だろうか、そいつは、サファイアみたいに青い瞳を動かして、茂みからきょろきょろと辺りを見回した。周りに危険なものがないと確信したそいつは、そのまま茂みから道路の方へ飛び出した。どうやら、道路を渡ろうとしてるらしい。猫の灰色の足がかすれたアスファルトの上に置かれたその時だった。ぼくは道路の向こうから車の音を聞いた。それからまもなく、赤い車の影が向こうから姿を現した。
「あ……」
それはあまりに一瞬であったけど、ぼくたちには何十秒でも長く思えた。車が猫に迫る中、ぼくは何もできなかった。何もしなくていいのか?そんな思いが頭の中をもたげた瞬間、心の中にあの言葉が浮かんだ。ずっと心の支えにしてきたあの言葉が。
「お兄ちゃん?」
「勇気だ、勇気……!」
憧れのヒーローの言葉だ。ぼくは道路に飛び出した。
「ちょっ、お兄ちゃん!」
サヤの叫び声も、車の音も、そして木々を揺らす風の音も、何もかもがいつもよりも数倍遅く感じた。ぼくは猫を抱き上げ、横飛びの要領で、道の端へと逃げた。それから程なくして、車はぼくと猫の横を通り過ぎていった。
「よ、よかったあ」
ぼくはそのままへたり込んだ。勇気のいる行動をしてはいながらも、内心、ひどく緊張していたからだ。猫は不思議そうにぼくの顔を見ていた。
「さあ、これで大丈夫だよ」
ぼくは猫を地面の上に下ろした。その時、声が聞こえた。
「ありがとう」
「え?」
ぼくは周りを見回した後、もう一度猫を見た。すると、猫が口を開いた。
「助けてくれてありがとう、少年。感謝するよ」
「ええー?」
ポカンとしているぼくを尻目に、猫はどこかに消えていった。
(続く)
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