【詩】不眠の海
海面が上昇すると
川は逆流し
路面から赤い水が溢れ出す
アスファルトが歪み
等高線が移動する
方位磁石がぐるぐるまわる
ひび割れた路面から船虫が這い出る
側溝で魚が跳ねている
生臭い烏賊を齧りながら
道草している子どもたちの黒い唇
老婆の薄暗い眼が窓から覗いている
方位のない街には
四方八方から海鳴りが響く
舟小屋の並ぶ海岸
その隙間から見える眩しい波
太陽は沈まず
うねりつづく黄土色の堤防
風の強い一日
少女は飛ぶように一輪車で走り過ぎた
海は膨らみ 縮む
街は浮かび 沈む
円形の広場は巨大な水槽になって
数多の光を映し出す
新種の魚が生まれ
勢いよく泳ぎはじめる
塔に住む独裁者は
この海と街の秘密を覗いている
万華鏡に映る無数の波の色とかたち
見えないカーテンの裏には
暗殺者の影が揺らいでいる
太陽が光を失うとき
老婆はこの街の来歴を物語り始める
子どもたちは烏賊を頬張りながら
老婆の暗い眼の奥の
幻の海域に思いを馳せる
壊れた帆船
鳴り止まないモールス信号
海に沈んだ記憶は
粉々の桃色の貝殻になって渦を巻く
夜深くに目が覚める
どこまでも冷たい月の光が
黒い海を撫でまわす
独裁者が倒れた日
耳に染みついた潮鳴りが
僕の眠りを妨げる
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