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【詩】言葉の木霊

あなたの眼から一雫の月光がこぼれた
中央アジアの青い夜

川に沿って歩く 息をひそめて歩く
カンパネルラが死んだ夜

糸を垂らして竜を釣る
凍った風が琵琶を鳴らす
鳳凰の翼が空を翳らせる

あなたは故郷を離れ
黄砂の街に至る
風に削られていく石の宮殿
西の空から聞こえる蹄の音
王たちの髑髏が
灰の中に転がり
不思議な巨人たちの足音が聞こえる
魔人の手が城壁を壊す

仕官を求めて旅をした
王たちは丁重にあなたをもてなした後
辺境へ追放した
戦乱の世がつづいた
弟子たちとともに放浪をつづける
対話は止むことがなく
山の上でも河の上でもつづいた
あなたの言葉は
弟子たちの記憶の中に残された

その昔
土や水や空には
言葉以前のものがみちていた
あなたは土や水や空から
何か涯てしもないものを生み出した
言葉は宇宙をふるわせた

あれからもう数万年は過ぎた
薄暗い街の珈琲店の棚に
黴びた書物を見つけた
消えかかった文字の示す意味のカケラ
何かを思い出しかけたとき
辺りが騒がしくなり
救急車のサイレンが聞こえた
その一瞬
亡霊の囁きが街に満ちる

摩天楼が聳える東アジアの果て
あなたの後姿を見かけた
すぐに見失って途方に暮れる
視界があやふやになり
地中から高速鉄道の音が聞こえる

あなたの言葉が世界に木霊している

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