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賽の河原 【幻想詩】

僕のからだは
いつのまにか薄い布になって
ふわふわただよっていた

空から見ると
灰色の荒野の中を
一筋の川が流れている
銀色の砂利が光っていて
鉱物の擦れ合う音が響いていた

川のほとりの風は
灰色の土を巻き上げた
丸い透明なものが
あちらこちらに浮いている
風に吹かれるままに
散ったり 集まったり

その 透明な
しゃぼん玉のなかに
坊さまが棲んでいた
しゃぼん玉のなかで
坊さまの弾く琵琶は
三日月のかたちをしていて
風の音と
鳥の声をなぞっていた
べろろろん べろろろん と

羽のもげた鳥が空を舞っている
セロファンのように風が吹き
時おりざわめく鳥の声を
舐めるように吸いこんでいく

お地蔵さんが鈴を鳴らしながら
草そよぐ土手のうえを歩いている
笠で顔を隠して
ゆっくりとあるいてくる
河原では子どもたちが
鳥の血を浴びながら
石積みをして遊んでいた

(一つ積んでは...)
(二つ積んでは...)

顔を焼かれた鬼は
からだじゅうに蛆が湧いている
葦舟にからだを横たえ
どんぶらこ どんぶらこ
今夜の慰みものの
美しい子どもを探している

(ええ子いないか ええ子)

お地蔵さんは
子どもたちに草餅を配って歩く
子どもたちは手に取った草餅を
虚ろな眼で眺めている

(食べんしゃい 毒ではないよ)

鬼は河原に這い上がり
子どもを物色している
一瞬
地蔵と眼があって
微妙な空気が流れる
地蔵は鬼に草餅を差し出す
鬼はそれを
地面に落とした
すると
地面の中から伸びてきた手が
それをつかむ
草に見えていたのは
腕だった
土のあちこちから
腕が生え
無数の眼が覗いている
故郷を追われ
名前を失った者たちの
虚ろな眼差し

羽のもげた鳥たちが
血を垂らしながら舞っていた
子どもたちは上を向いて
大きな口を開け
滴り落ちる血を味わった
草餅には眼もくれずに

僕は遠くの空から
その一部始終を見ていた
風が吹くと
鉱物の擦れ合う音がした
心が乾いていくと
西の方の空が薄明るくなった

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