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2021冬 - 振り子式と、スイッチバックと、路面電車と ⑤2日目その2(終)

【まえがき】
ご覧いただきありがとうございます。今回が最終回です!
いよいよ大都市・広島を目指します。そしてようやく最後まで残ったタイトル「路面電車」を回収します。最後までごゆっくりお楽しみください。
それでは、出発進行!

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ローカル線は「通勤路線」へ

 三次駅で待つことおよそ1時間、タラコ色のディーゼルカーがゆっくりと1番乗り場にやってきた。これが9時27分発の広島行きで、この旅では久しぶりに2両つないだ「列車」だ。

ここまでの区間は利用者が少なかったからか、ずっとキハ120という軽量型の気動車に乗ってきたが、この三次駅から広島駅まではキハ40が一部の列車に使われている。製造開始から40年以上、各地のローカル線で活躍してきた車両だが、ここ数年で徐々に数を減らしてきている。国鉄型車両を長く使い続ける傾向があるJR西日本も、先日重い腰を上げて新たな気動車の導入を発表しており、芸備線から消えるのも時間の問題だ。
 ふかふかのボックスシートに腰かけて、旅気分は一気に上がる。

 9時27分、時刻通りに発車。少ししてから三江線の錆びたレールが右にわかれていった。

列車はしばらく三次の市街地を走る。建物が多い。

次の西三次駅は市街地のはずれにあった。どうやら中心部に人口が集中しているようだ。

西三次駅を出ると江の川に沿って走る。山が近くなってきた。

志和地駅に近づくと一度景色が開ける。ソーラーパネルがずらりと並んでいた。

郷原トンネルを抜けて列車は安芸高田市に入る。2004年に6つの町が合併して誕生した大きな市だ。

甲立駅。旧甲田町の中心。
向原駅。旧向原町の中心。

甲立駅や向原駅など、快速が止まる比較的大きな駅でじわじわと乗客が増えていく。荷物をたくさん持った人もいて、広島までの利用もそれなりにあるようだ。
 向原駅の次が井原市駅で、ここからいよいよ広島市に入る。

その次の志和口駅で一気に乗客が増えた。ここからは車掌さんも乗務している。

 白木山駅を出て三篠川を渡るが、鉄橋が真新しい。というのも、この橋梁は2018年7月の西日本豪雨で崩落してしまい、かけ替えられたからである。台風や梅雨前線によって引き起こされた大雨が10日以上、西日本を中心に全国で続き、甚大な被害をもたらした。多くの地域で河川の氾濫、浸水、土砂崩れなどが発生し、死者は200人以上にのぼった、「平成最悪の水害」である。芸備線も被害が大きく、白木山駅と狩留家駅の間にかかるこの橋梁が崩落、土砂崩れや路盤の流出もみられた。最後まで不通だった中三田駅から狩留家駅までが復旧したのは2019年10月のことで、全線復旧まで実に1年3か月を要することとなった。

※狩留家駅よりも後

今もその爪痕は残っており、川の護岸工事が続いていたり、

※狩留家駅よりも後

土砂崩れの跡なのか、局所的に山肌から木々が全部なくなっているところもみられる。自然の脅威をわずかながら知ることができる光景だった。また悲劇が繰り返されぬよう、語り継いで対策していかなければならない。

※順序逆転してますが橋梁→狩留家駅です

 狩留家駅で列車交換のためしばし停車する。レトロな駅舎も残っている。のどかな雰囲気を堪能している間に、臨時快速「庄原ライナー」備後庄原行きが駆け抜けていった。

 川沿いを縫っていく区間は終わり、下深川駅からは広島の市街地に入っていく。車内もずいぶんと混んできて、立ち客も出てきた。

目に見えて建物が増えていて、田舎気分はすっかり抜けた。

 トンネルを抜けて玖村駅に止まり、そこから太田川に沿って行く。しかし堤防よりも低いところに線路が敷かれているので、川の様子はわからない。実は対岸を走っているのは可部線で、広島駅では反対方向に出発するにもかかわらずここでは同じ方向を目指して走っている。地図を見ていても、玖村駅から走って可部線の梅林駅で乗り換えられそうな、それくらいの距離感だ。

 戸坂駅を発車すると、街並みを俯瞰できる。芸備線のレールが一段高いところにあるゆえの景色だ。

 最後の途中駅である矢賀駅を出て右にカーブし、貨物線の高架橋とともに山陽本線と合流する。
「次は広島、終点広島です」
各方面への乗換案内が読み上げられて、乗客たちが支度を始める。終点はもうすぐそこだ。

 11時14分、広島駅に到着。新見駅から160km、6時間続いた芸備線の旅はこれで終わった。

山陽一の大都会、広島をうろつく

広島駅は在来線だけで1番乗り場から9番乗り場まであり広い。これほどの大ターミナルは昨日の岡山駅以来で、24時間もローカル区間をさまよっていた僕の目には相当新鮮に映っている。

山陽本線のホームには、「レッドウィング」の愛称がついた227系電車がひっきりなしにやってくる。数年前までは国鉄車両ばかりだった広島地区も、この電車の登場で一気に若返った。車両がピカピカなだけでも都会感はぐっと増す。

 せっかくだからお好み焼きでも食べたかったが、そこまで奮発する余裕はないので結局そば屋さんに入る。食券機にあった「広島名物!坂井屋のがんす天そば」というのが目をひく。名物に弱い僕はあっさり購入した。
 がんすとは一言で言うと「揚げかまぼこ」。魚のすり身に玉ねぎやトウガラシなど様々な具材を混ぜ、パン粉をつけて揚げたものだ。名前は「~です」「~ます」を意味する「~がんす」という広島弁からきており、日常的に使われる「~がんす」と同じように、昔から広島で親しまれてきた。いたってシンプルなものだがおいしい。魚のうまみといい、さくっとした食感といい、そばによく合っている。
 余談だが、東日本と西日本ではそばやうどんの形態に違いがある。「こいくちのつゆ・白ネギトッピング」に慣れた東日本の人間にはまったく馴染みのなかった「うすくちのつゆ・青ネギトッピング」の西日本のそばだが、これも十分おいしい。こういう文化の違いを知るのも、旅では楽しみなことの一つだ。

 そばをおいしくいただいたところで少し散策。北側の新幹線口は大きなバスロータリーになっていて、高速バスの車両がたくさん待機している。

一方の南口は工事中で、仮置きの通路を抜けると、

広島市内を走る路面電車、広島電鉄の乗り場に出ることができる。線路が入り組んだ狭い構内に、絶えることなく電車がやってきて、ずいぶん忙しい。現在行われている工事はこの路面電車の乗り場を広島駅の直上に移すもので、2025年春の完成を予定しているそうだ。

せっかく広島に来て広電に乗らないのはもったいないので、ゲームセンターの行脚記録ついでに少しだけ乗ってみることにした。ちなみに駅のすぐ近くにフタバ図書があってそこにゲームセンターも入居していたのだが、昨年の8月に閉店してしまっていた。残念。

 広島駅を出て右に曲がる。車内はかなりの混雑だ。乗車したのは「グリーンムーバー」こと5000形電車。超低床車というもので、乗り降りする際に段差の上り下りが最小限に抑えられている。窓が大きいので景色もよく見える。

安全地帯しかない猿猴橋町電停を過ぎると、カーブして川を渡り的場町電停に至る。比治山方面にレールがわかれていくのでガタガタと音を立てながらポイントを渡る。軌道敷きはレールの音がじかに伝わってくるので面白い。

広島市の中心部とあって交通量は多いが、軌道内は立ち入り禁止になっているのか、基本的に車が路面電車の邪魔をするということはない。八丁堀という妙に聞きなれた名前の電停で白島線のレールがわかれていって、電車は紙屋町の交差点にさしかかる。

 紙屋町東電停で電車を降りた。交差点から3方向に線路が伸びていて、電車も自動車もひっきりなしにやってくる、にぎやかなところだ。南に行けば市役所や広島港、東は広島駅、北は県庁と広島城、そして西が原爆ドームといった具合である。また、地下街が張り巡らされていて、お店がたくさん並んでいる。広島の繁華街、といった感じだ。ちなみに地下街を歩くと広島を走る新交通システム、アストラムラインの本通駅と県庁前駅に行くことができる。

 少し路地を歩いて無事にゲームセンターにたどり着けた。本当は音ゲー仲間と会うつもりだったのだが残念ながら予定が合わなかった。そういうこともある。余談だが左手を捻挫してからまだ1週間しか経っていない。この状態で音ゲーをやろうと思うあたり完全に廃人一歩手前である。

 用事が済んだので広島駅に戻る。再び車両は「グリーンムーバー」だ。

「のぞみ」思い出を乗せて…旅の終幕

 さて、とうとう帰る時間が来てしまった。昨日の始発電車から始まった僕史上最も長い旅は、あと3本電車を乗り継いで、無事に家までたどり着ければ終わる。

おみやげも買い込んで、思い出と一緒に持ち帰る。

 アナウンスとともに流れてきたのは「銀河鉄道999」のメロディー。これほど別れと新たな旅立ちにふさわしい曲もそう多くない。

14時22分発「のぞみ32号」東京行きが入ってきた。東京までは4時間、最後の長丁場だ。

 時刻通りに、3時間過ごした広島の街をあとにする。
「この電車は、のぞみ号東京行きです」
東京という名前にテンションが上がる。それと同時に、少し寂しくなる。

 一気にスピードを上げて、今回の旅ではまったく触れてこなかった三原駅を通過。呉線にも次回はぜひ乗ってみたい。

 山陽新幹線は東海道新幹線よりも開業が遅く、特に岡山駅から博多駅までが最後にできた区間だ。そのためトンネルも多い。

 宇野線のレールが合流してくるとまもなく岡山駅に到着する。昨日の10時にここを出てから、広島駅にたどり着くまで実に28時間。その距離を、のぞみ号はたった30分で走破してしまった。あまりに往路でひねくれたルートをとっていたとはいえ、新幹線の速さとは恐ろしいものである。

 兵庫県に入り、工場地帯が見えてくるまでもそう長い時間はかからない。

 新神戸駅から神戸市街を遠くに臨む。海側の座席だからこそ見える景色だ。

大阪の中心部が見えてきた。時間にすると新大阪駅でおよそ4分の3になる。東京まではあと2時間半だ。

次が京都で、五重塔がビルの隙間から見えるのがいかにも京都らしい。

 関ヶ原を越え、名古屋駅に着く。ここで僕の隣に座ってきたのがベビーカーをひいた子ども連れで、これで新横浜駅まで身動きが取れないことが確定した。往路と逆の景色が見えるというだけで海側の3列シートを選んだことを正直後悔したが、自由席である以上これはどうしようもない。

物腰がやわらかすぎて逆に癖の強い車掌さんのアナウンスを聞きながら、名古屋の市街地をあっという間に通り過ぎる。

 静岡県に入り、空が薄暗くなってきた。

少しして太陽は完全に沈んだ。ここは静岡駅か新富士駅か、もはやどこにいるかわからない。

特殊な構造の三島駅、新丹那トンネルを抜け熱海駅、息をつく間もなく小田原駅、と景色が一瞬で流れていく。相模湾も見えないので、音楽を聴くしかなかった。

 名古屋駅を出てから1時間ほどで新横浜駅にようやく到着。景色が見えない苦しさはなぜか芸備線以上のものだった。

多摩川を渡って東京都に入る。

品川駅では西に向かうお客さんがまだたくさんいた。

 電車はラストスパートとばかりに東京の街を優雅に走っていく。周りの乗客が荷物をまとめ始めた。
「まもなく終点、東京です。中央線、山手線、京浜東北線、東北・高崎・常磐線、総武線、京葉線、東北・上越・北陸新幹線と、地下鉄線はお乗り換えです……」
Ambitious Japan!のメロディーに続いて、東京駅に着く旨のアナウンスが流れた。電車はゆっくりと減速して、東京駅のプラットフォームにさしかかる。

 18時09分、東京駅に到着。広島駅から4時間、長い道のりだった。

 成田空港行きと成東行きがつながった総武線の快速電車に乗って、

船橋駅で京成線に乗り換え、

京成大和田駅で下車。
 これをもって、全日程終了となった。よい2日間だった。

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出典:地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/#8/35.178298/135.439453/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1

【記録まとめ】
移動距離:2205.4km
所要時間:1日14時間31分(12月11日5時04分~12月12日19時35分)
新規走破路線:伯備線、木次線、芸備線

ーつぎの旅につづくー


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