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12年という時間

 東日本大震災から12年が経つ。

 僕にとっては、干支が一回りしても、やはり忘れられない出来事だ。

 ちょうど去年の今頃、三陸を訪ねていた。傷つきながらも再出発した街の光景、少し冷たい初春の潮風、奮発したごはんの味、それらが鮮明に思い出される。だが、あの一度だけで三陸のすべてを感じられたわけではなかった。そこにある感情まですくい上げることができていなかった。

 たしかに、僕の祖父母は家を失った被災者だ。しかし、僕自身はあの日、千葉の自宅にいた。直接深く関わりのある何かを手放したわけでも、それが原因で苦しんだこともなかった。

 僕は被災者ではなかった。ただの外野に過ぎなかった。

 東北を追いかけてしばらくになるが、行かなければ、伝えなければという使命と同時に、部外者たる僕がこんなことをして何になるのかという悩みも、長く抱えていた。僕は実際に津波を見たわけではないのに、原子力発電所の事故で家を追われたわけではないのに、それで本当に苦しんだ人たちの代弁をする資格が、果たしてあるのだろうか。当たり障りのない同情や慰めの言葉だけ並べ立てて、自分はどこか距離を置いていて、それでいいのだろうか。誰かが先へ進むことを、僕は邪魔していないだろうか。

 答えは永遠に探し続けなければならないものかもしれないけれど、それならばやはり、東北に行くこと、それを書くことは続ける方がいいと、僕は思う。思い出すのが苦痛な人もきっといるだろう。祖母はテレビで震災の話題が出ると涙することがある。それでも、簡単にしまい込んで世の中が忘れていくべきものではないと思う。忘れた頃に、同じ苦しみを味わう人がいるかもしれないから。
 首都直下地震が今後30年以内に起こる可能性は、極めて高いといわれている。南海トラフ地震も重大な懸念事項だ。災害と付き合って生きていく以上、過去を振り返って生かしていくことはどこかで必要になるはずだ。

 災害大国といわれる日本で、東日本大震災が特に大きくクローズアップされることに、違和感を覚える人もいるかもしれない。神戸、新潟、熊本、福岡、広島……自然災害で大事なものを失った人たちが他にもたくさんいる。そのすべてに対して祈ったり、難しく考えたりする必要はないと思う。ただ、「こんなことがあったな」と、起こったそのままを思い出すだけでも、いつか自分のためになるのではないか。

 濱野京子さんの『この川のむこうに君がいる』という本がある。2019年の読書感想文コンクールで、高校生向けの課題図書になっていた。何の気もなしに僕はこの本を図書館で借りてきたのだが、震災に深く関係がある物語だった。
 主人公は、津波で兄を失って埼玉に引っ越してきた女子高生。震災の記憶を心の中に押し留めて、学校でも被災したことを明かさずに過ごしてきたが、吹奏楽部で福島から避難してきた男子生徒と出会い……。
 伝える立場としても、非常に考えさせられる本だった。実は今年の春は震災関連の記事を書かないつもりだったが、偶然この本に出会ったことで、書くことを決めた。
 ネタバレを防ぐためにここではあまり言及しないので、この機会にぜひ手にとっていただきたい。

 もう一冊、重松清さんの『希望の地図』にも触れておく。作者自身が、震災半年後の東北を取材して書いたドキュメントノベルだ。不登校になった中学生の光司が、フリーライターの田村とともに東北を旅し、被災した人々との関わりを通して成長していく様子が描かれている。取材した人たちの声と、作者の心がよく映されている本だと思う。

 僕はこれからも東北の旅を続ける。他の災害に遭った地域にも触れてみたいと考えている。そして、感じたままを文字を通して伝えていきたい。

 あらためて、犠牲になった方々のご冥福をお祈り申し上げます。


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