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アマチュアと専門家(2024/3/6)

今更だけれど、
僕はこの記事を日々の日記をつける感覚で書いてる。
だから、タラタラお喋りするような感じで綴る。

今まではでも、自分だけに留める本当の意味での日記帳と、あくまで人に読んでもらってもギリギリ大丈夫なように文体を改めたこのnoteとで、一応指向を使い分けていた。

でもでも、もうやめた。
このnoteを完全に僕の日記帳にしよう。
そりゃ暗いことも悩みもあるし、人に見られちゃほんとは困るようなことも日記には書くのだけれども、
そういうのは、往々にして
自分の内に抱え込んでこねくり回すから深刻化するのだろうことに最近気づいた。

だから、もうそういう面倒な自分も含めて全部曝け出して、一旦素直な自分に立ち返るという意味も込めて、
常に人の目に当たる場所に自分の日々の記録を残す。

でまぁ、もし仮にたくさんの人に読んでもらうようなことになってしまったら、
それはそのとき考えようかな。


今日あったこと

・耳鼻科に行った。
いつものところ。副鼻腔炎はお薬のおかげでちょっとよくなったけれど、あまりしっくりこないということで今度は抗生剤でも出してあげましょう、ということで色々とお薬をもらった。花粉症のお薬も眠くなるって言ったら別のを処方してくれた。
・バイトまで読書
最近読んでるのは『現象学』(木田元)。やっとフッサール現象学の一連についてまで読み進められた。僕の知りたいことはメルロ=ポンティだけれど、彼が出てくるのはまだまだ先。
・バイト
いつも通りのバイト。飲食店

今日について

僕の母親は薬剤師で、いつも処方箋は母に渡して、母が僕の代わりに買って持って帰ってきてくれる。だから基本的に薬局に処方されたお薬をもらいに行くという経験があまりない。

でも、大学生にもなって自分のことで処方された薬を親に与えてもらうということがなんだか情けなくなって、自分の処方箋は自分で薬局まで持って行こうという気になった。
で、お薬をもらったんだけど、そこの薬剤師さんが親切丁寧に色々と教えてくれて、いつも何気に飲んでる薬がなんだか全く違うもののように思えてくるほどだった。
別に母が説明を怠っているとかそういうわけではなくて、飲み方とか注意とかはきちんと教えてくれるし、今日の薬剤師さんが教えてくれたことが今までの経験と相反するなんてことはなかったのだけれど、「このお薬はこう飲んでくださいね」とか「こうしたらいいですよ」とか、改めて言語化されると「なるほど」ということばかり。

いや、何が言いたかったかというと、
専門家の話って、どれだけ自分がそのことについて既に知っているものと思い込んでいたとしても、それがまさに初めて知ることのように素直になって聞くのが一番いいと思う、ってこと。

物知りのアマチュアと、専門家の違いって、
あえて話すか、あえて黙るか、
だと思う。

物知りのアマチュアは、身内に専門家がいるとか、興味があって本を読むとかして色々と蓄えた知識があるのだけれど、それを「知ってますから」と顕示して初めて自分の程度を他に示すことができる。
でも専門家は、“その程度の“知識は当然知ってて、その上でより多くの知識とより質の高い見識を持って、あえて言わなかったり、あえて単純な言い方をしたりする。
専門家はその目線の上げ下げをするということに、“その“専門性を発揮していると言える。

だから、その専門家が言ったことに対して、
「それはもう知ってます」とか「それは違うのでは?」とかと
首を突っ込もうとするといけない。
専門家がその専門分野について説明するときには常に相手(自分)への意図があるのだから、勝手に自分の了見で解釈したり見下したりせずに、言われたことを素直に聞き、ある意味で鵜呑みにしてまずは実践してみることが重要だ。

その実践の上でなお先生の言っていたことと現状が合致しない場合に、初めて批判する態度を現せば良いのであって、初めから勝手に自分が正しいと横柄にするのでは、何も得られず自滅するのがオチだ。

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