オットの真骨頂を見た
里帰りはせず、東京で産むことにした。
退院後、自宅に戻った後は母に約1ヶ月ほど、泊まり込んで手助けをしてもらった。近所に住む妹もよく手伝ってくれた。
母が帰ってから、新米とうちゃんとかあちゃん、息子の3人暮らしが始まった。
オットの仕事中は赤ちゃんとふたりきり
髪を振り乱し、乳を投げ出し
私の人生史上最大の大変な暮らしが幕を開けた。
ところがどっこいだ。
2ヶ月半が過ぎようとする今、
どう記憶を呼び戻してもあたふたしていたのは、わたしだけである。
オットは、いつも冷静に
そして楽しそうに毎日を過ごしていた。
沐浴から入浴後の保湿、マッサージ、ヘアブラッシング、おむつ替え、ミルクに寝かしつけ、散歩‥ 毎日息子の様子をくまなく観察し、変化をいち早くキャッチすることに余念がない。
特に頭の形にはうるさかった。
様々や角度からの入念なチェックが入り、専用枕はもちろんのこと、寝かせる向きを研究していた。
てんやわんやを絵に描いたようなわたしとは裏腹に、いっいどこで覚えたのか、授乳以外のすべてを華麗に、何より楽しそうにこなしていた。
息子も、そんな献身的なオットの姿に早くも心を許し、男同士の時間を楽しんでいるようにも見えた。
楽しい時間をオットばかりが
独り占めかと思いきや、そうではない。
例えば入浴なら
オットが息子の頭、体を洗い、
湯船でちゃぽちゃぽ遊ぶ、その一番楽しい、おいしい部分を『しーちゃん(わたし)お風呂入っておいで〜』と分けてくれる。
自分がなるべく大変なパートを担当し
楽しい瞬間はしーちゃんに、
もしくは3人で、というスタンスだ。
生活すべてにおいて
キャパオーバーでぼろぼろなわたしへの
サポートも手厚かった。
洗った髪を乾かす間も無く
わたしが放心状態で母乳をあげていれば、何も言わずともドライヤーを持ってきて後ろから髪を乾かしてくれる。
わたしが授乳で
身動きの取れない状況を察しては
携帯、ティッシュ
テレビ、エアコンのリモコン
あたたかい飲み物
をすぐ手が届く位置にセットしてくれる。
オット本人が散歩好きなこともあるが、
特に朝は積極的に息子を散歩に連れ出してくれる。息子になるべくたくさんの新しい景色を見せ、わたしにはひとりの休息時間を与えてくれる。帰り際には夫婦でお気に入りのコーヒー屋で、チャイをテイクアウトしてきてくれるのがお決まりだ。
料理も頑張ってくれている。
一度レクチャーしたレシピは、だいたい一回で覚えて、2回目からは独自のアレンジだってきかせてくる。
味噌汁は出汁から取るし、玄米もおいしく炊く。はじめての料理もわたしのレシピ本を見ながら果敢に挑戦し、段取りよく仕上げていく。食べる頃にはキッチンは片付き、見ているこちらも気持ちがいい。
これ、おいしいっ!と
べた褒めした明太子パスタは、事あるごとに
『しーちゃん、パスタ作ろうか?』
を反復する可愛いさもある。
でも、さすがに朝からパスタは食べないよ。
出勤前にひととおりの家事をこなし
『ほかに何かやってほしいことはあるかい?』
の問いかけまで完璧ときた。
どうして子育て一年生のオットがここまでできるのか?
その答えは彼が歩んで来た人生にある。
偶然にも、オットも私もアシスタントという特殊な世界を経験して今に至る。
わたしで言えば20〜22歳まで。
短い期間ではあるものの、アシスタントをしていたこの2年間は、友人と遊んだ記憶がない。
それほどに"見習い"という職務を全うし、人生のすべてを捧げていた。
周りのキラキラと輝く青春時代を謳歌する友人を横目に、体力的にも精神的にも非常にハードな毎日を生き抜いた。
過ぎ去ってみればたった2年の間に、料理以上に、後の人生の基盤となる大きなを学びと気づきを得て今のわたしがある。
この"見習い期間"を投げ出さず
全力投球してくれた当時のわたしよ、
よくやった。本当によくやった。で、ある。
わたしが勉強させてもらった大好きな師匠は、15年が経った今でも、息子を含めた、わたしの家族みんなを可愛がってくれている。
美容師であるオットは、専門学校卒業後の21歳からアシスタントをはじめ、美容師としてデビュー(独り立ち)までの長い時間をアシスタントとして過ごした。
これは美容師になるまでのスタンダードな過程であり、ここまでの経歴なら世の中に五万と居るだろう。
その後、30手前で店を移り、多くの顧客を抱えるようになる。サロンワークをベースに撮影やショーなども精力的にこなし、美容師として脂がのってきた今もなお、休みの日には率先してオーナーでありヘアアーティストである師匠の現場へ趣きアシスタントを務め、サポートとインプットを続けている。
アシスタントと一括りに言っても
言われたことだけをこなす人
言われたことはもちろん、その先を読んで行動に移せる人
にきっぱりと別れる。
わたしも数多くのアシスタントを見てきたが、その多くは前者である。
アシスタントという職務を自分の目的のための通過点と捉えるからだ。
本気で取り組めば取り組むほどに、
そのリターン(学び)は大きいが、多くの若者はそこに気がつかずに卒業していく。
おかれた状況を俯瞰から冷静に見て
瞬時にやるべき優先順位を汲み取る
師匠が何を望み
どう動いたら現場がスムーズに運び
師匠が最高のパフォーマンスを発揮できるか
そこに言葉という明確な指示がなくとも
自ら考え、行動し
あくまで裏方という立ち位置を徹底しながら、最大限のサポートする。
これこそがアシスタントの極意だと私は思っているが、これを教わらずとも感じ取り、実践できるアシスタントはそうはいない。
そこからさらにほんのひと握り、アシスタントを極めた、いわば"プロアシスタント"となるには本人の努力以外の側面も大きい。
やる気、センス、資質(自分が前にでたいタイプの人にはまず向かない)に加え、自分の時間を惜しみなく費やすに値する、心から尊敬できる師に出会えてはじめて成立するものだとも思う。
そして、これはどちらか一方の思いだけでは成り立たない。相思相愛、確かな信頼関係こそがアシスタントを見習いを超えたプロへと昇華させると思う。
幸いにも、これらすべての条件を揃えたオットは、妻であるわたしから見ても、文句のつけどころのない、プロアシスタントの域に到達している。
そんなオットは、いま、仕事で培ったこれらの経験を、家庭内では師匠にかわって、愛しかない息子と慣れない育児に疲労困憊なわたしへと惜しみなく注いでくれている。
まだ言葉が話せない息子を前に
彼がいま 何を望んでいるのか
どんな気持ちでいるのかを広く想像し
読み解き、徹底的に尽くし抜いている。
動きたくても動けない
そんなわたしの気持ちや状況を察し
少しでも心地よい暮らしができるよう
先回りしてサポートしてくれている。
そうして
優しく穏やかな空気と安心感
圧倒的な愛で
家族を包み込んでくれている。
思いがけず
はじめての育児を通し
これまでオットが歩んできた
人生の一部を垣間見ることができた。
この景色が当たり前の日常となり
感謝の気持ちを忘れませんように。
時に自分は裏方に徹し
人を輝かせる才能を持つオット。
深い尊敬と感謝の気持ちを
今日書き残しておこう。
よろしければサポートよろしくお願いいたします。