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別の人の生き方に憧れたら、池平撤兵さんの『ふつうのいるか』を思い出す。

高校生のころまで、絵は私の味方だった。

自分のことは大嫌いだったけれど、自分の描く絵だけは好きになれた。つらいことがあったときには、自分の描いた絵に慰められた。絵を無我夢中で描いているうちに、ボロボロと涙が溢れて心が軽くなったこともある。

我流なので構図がおかしいのもわかっていたけれど、趣味と呼べないくらい大切だった。

それなのに、20歳を過ぎたあたりから、パタッと描けなくなってしまった。

どれだけ新しい画材を買っても、描きたい何かを探しても、写真集を見たり、時に美術館や個展に行って本物の絵を見ても、描けない。自分の魂とつながるツールを失ってしまったのだと感じた。

そんなときに、池平撤兵さんという画家の方の個展に行った。

2011年に渋谷のGallery Concealという場所で個展をしているということを知り、見に行った。一般の人も入場可能な絵の個展は多い。入場料もかからず、フラッと本物の絵を観ることができる。

そこで、壁一面に咲き乱れる色とりどりの花に出会った。

真っ白な壁の会場に、私の身長よりも大きな絵が飾られていた。2m×2mくらいのサイズ感だったのではないだろうか。

モチーフとしては、花や植物と動物を描かれているものが多くあった。リアルな植物が、現実には無さそうな幻想的な背景で描かれていた。抽象画と写実的な絵のハーフのようだった。

両極端な要素を併せ持つ絵だった。

空や水の部分からはどこまでも透き通る美しさと物悲しさ、花や植物では赤やショッキングピンクなどの鮮やかな色は生命力に溢れていて毒々しさすら感じられた。

私の目は釘付けになった。おそらく、一枚の絵の前で立ち止まって10分以上は見ていただろう。個展には20点くらいの絵が飾られていたはずだが、30分近くかけて見て回った。

一周して、また、最初の場所へ戻ってしばらく見入った。

平日の夕方に行ったからか、人はほとんど入っていなかった。一番開けたスペースに池平さんご本人がいた。

「あ、この絵を描いた人だ」というのが、パっと見ただけで伝わってきた。絵をそのまま纏ったような服を着ていたし、何よりご本人の雰囲気が絵とそっくりだったからだ。

一通り周り終えたときに「絵を見てくれて、ありがとうございます。」と話しかけてくれた。

「すごく素敵です。特に、この絵が好きです。」と壁一面の絵の方を見た。

「ありがとうございます。似たようなところがあるのかもしれないですね。僕は好きな作品の中に、自分のどこか一部を見ていると思うので。」

物腰が柔らかく、静かに受け止めてくれるように話す人だった。普段なら、聞かない質問をスルっとしてしまった。

「どうやったら、こんな大きな絵が描けるんですか?」

あ。しまった、口から出てしまった。

「私も趣味で絵を描いているんですけど、最近、描けなくて。大きな絵を描きたいのに、全然ダメなんです。だから、どうやったら、こんな壁一面の絵を描けるのか知りたくて。」

池平さんは一旦、考えこんだ。

「こっちに来てもらえますか。」と入り口の方へ案内してくれた。

「ここに、小さな鳥の絵がありますよね。」

「はい。」

たしかに入り口近くには、10cm×10cmにも満たないくらいの小さな淡い色合いの絵が飾られていた。一つの絵には、モチーフが一つだけだった。鳥が一羽、植物がほんの少し、そのくらいのシンプルな絵だった。

「僕も小さな絵を描くときはあります。今は小さな絵を描く時期なんだな、と思って描きます。」

コツコツ、と場所を移動していく。

「気になるテーマが出てきたら、それについて繰り返し描きます。」

たしかに、少し進むと似た構図の絵が何枚もあった。同じモチーフでも背景が変わっていたり、色合いが違ったりする。

「自分にとって大きなテーマがあるときは、大きな絵を描きます。もし、今、この壁一面のサイズの絵を描こうとしても描けません。この絵で出し切ってしまったからです。」

例の壁一面の絵のところへ来た。言われてみると、その大きな絵は小さな絵や中くらいの絵の集大成のようにも見えた。一枚、一枚で見ていたころはわからなかったけれど、絵にもつながりがあるのだ。

「だから、今、大きな絵が描けなくてもいいんじゃないですか?今は小さな絵をたくさん描き貯める時期なのかもしれません。」

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あれから約9年が経ち、池平さんの出版された絵本『ふつうのいるか』を読んだ。

海の中を気持ちよさそうに泳いでいたいるかが「知らない世界を見に行きたい」と冒険するお話だった。空を飛んで南の国へ行く白鳥や、氷の上で過ごす白熊に会う。

やがて、海の終わりから先へ進めなくて困る。いるかは陸の世界も見てみたいのだ。

海を離れると、いるかはいるかでいられなくなる。

そこから先は絵本を読んでいただきたい。生き方を問うような作品だった。

イルカは海の中を、モグラは土の中を、鳥は空の中を、人は物語の中を自由に泳ぐことのできる生き物です。
知らない世界を見てみたい。勇気を出して知らない世界へ踏み出しましょう。ふつうのあなたのままで。『ふつうのいるか』あとがきより引用 池平撤兵

今まで何度も別の人の生き方に憧れた。美大に行って画家になりたかったし、新卒で本に携わる仕事に就きたかった。結婚をして子どもがいる人もうらやましい。文章を書いていても他の人の文章ばかりがまぶしく見える。

知らない世界に行き、新しい出会いがあるたびに、自分ではない人になろうとしてしまう。

それでも、池平撤兵さんの絵に惹かれるからと言って、私まで壁一面の絵を描かなくてもいいのだ。大きなテーマが見つからないのなら、小さな絵を描いていけばいい。文章だって同じことだ。

どこへ行って、誰と何をして過ごすかは自由だ。

ふつうのわたしのままで。

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