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アメリカだけじゃない。今、ヨーロッパのEdTechが面白い

新型コロナウイルスによる外出自粛の影響で、EdTech(エドテック)がかつてないほどの注目を集めています。

EdTechとは、Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語です。テクノロジーの力で新しい教育や学習のあり方を追及する一連の取り組みを意味します。具体的には、オンライン学習コースやスマートフォン学習アプリなど私たちにとっても身近なツールから、学校や学習塾向けに開発された生徒管理用プラットフォームに至るまで、教育とITを結びつけて生まれた新たな商品やサービスを広範に指します。

2000年代、EdTechはスマートフォンの普及と共に急速な進化を遂げました。そして21世紀の教育に革命をもたらす存在として、一気に脚光を浴びました。その後の普及については、教育現場の変化のスピードの事情などもあり、期待されていたほどのスピードで広まってきたとは言えませんが、皮肉にも新型コロナウイルスがきっかけとなり、今再び注目を集めています。

ところでEdTechと聞くと、発祥の地でもあるアメリカ、特にシリコンバレーを中心に発展してきたムーブメントというイメージを抱く方が多いかもしれません。事実、2000年代頃までは、世界中のEdTechスタートアップがシリコンバレーに一極集中し、そこからカーン・アカデミーなどの革新的な教育サービスが次々と誕生しました。

しかし、今やEdTechのムーブメントは世界に広がっています。北米だけでなく、アジアやアフリカなどの世界各地で、革新的な学習アプリやサービスが日々産声を上げています。中でも近年盛り上がりを見せているのが、ヨーロッパのEdTechです。

日本ではあまり脚光を浴びていないヨーロッパのEdTechシーンですが、勢いのあるスタートアップ企業が続々と誕生し、成長著しいマーケットとして世界から注目されています。そこで今回は、成長の真っただ中にあるヨーロッパのEdTechマーケットについて、二大中心地であるイギリスとフランスの事例を中心に、詳しくご紹介していきます。

イギリス:遠隔教育のノウハウでヨーロッパEdTech界を牽引するパイオニア

まずは、成長著しいヨーロッパのEdTech界の中でもひときわ躍進を続けるイギリスから。Brexit後も国際社会の表舞台に立ち続けるイギリスですが、EdTech産業界においても、アメリカに引けを取らない存在感を放っています。

時はさかのぼり大航海時代、イギリスでは世界に散らばる植民地に教育を届けるべく、遠隔教育が花開きました。以降数百年にわたり世界各地で蓄積してきた通信教育に関するノウハウが、現代における躍進の礎となっています。

通信教育から発展したイギリスのオンライン大学
イギリスの各大学では、通学を必要とせずオンラインのみで修了できる学位コースの選択肢が他の先進諸国と比較しても群を抜いて発展しています。オックスフォードやケンブリッジといった名門大学をはじめ、イギリスの主要大学の多くが、完全オンラインによる学位プログラムを数多く提供しています。

専攻できる分野は幅広く、キャンパスで開講されている分野のほとんどが、オンラインでも開講されているといっても過言ではありません。また学士課程や修士課程はもちろんのこと、分野によっては博士号までオンラインで目指せるコースも存在します。

オンライン完結型のコースだけでなく、中にはオンラインと現地での履修を組み合わせて受講できるコースもあります。オンラインだけでなく、実際に教室での学びも体験したいという場合には、このような複合型のオプションを選択すると良いでしょう。一方、オンラインのみで修了できるプログラムを選んだ場合、一度もイギリスに足を踏み入れることなくイギリスの大学の学位を取得することが可能になります。すごい時代が来たものだと思ってしまいます。

オンライン大学という選択肢は、現地に暮らす人々だけでなく、遠く離れた日本に暮らす社会人にとっても魅力的な選択肢となり得ます。日本でフルタイムの仕事を続けながら、夜や週末の時間を使って海外の大学院の学位を目指すという、これまでは考えられなかったようなことが現実になります。キャリアや収入を諦めることなく高いレベルの学びを追及できることから、今後のキャリアアップのための選択肢に加えておいて損はないと言えるでしょう。

ちなみに、私自身も日本で働きながら、イギリスのオンライン大学院を修了しました。2014年より英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の修士課程に学び、2016年に無事修了しました。その時の体験記を全3回のシリーズにまとめています。

ちなみに私が学んだユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)は、ロンドン大学系列の一カレッジです。ロンドン大学は、過去150年の長きにわたり世界中の学習者たちに通信教育を提供してきた、遠隔教育の雄と言える存在です。ロンドン大学の通信教育の著名な受講生には、南アフリカ共和国の故ネルソン・マンデラ元大統領などがいます。マンデラ氏はアパルトヘイト下の南アフリカで、27年間の投獄生活を送りながら、ロンドン大学の通信課程で法律のコースを受講していました。

ロンドン大学に限らず、イギリスの大学の多くは、通信教育の分野で長い歴史とノウハウを蓄積しています。大航海時代から続く植民地政策のもと、イギリス式の教育を世界中の植民地に届けるべく、通信教育のノウハウとネットワークを構築してきたことが背景となっています。このようにしてイギリスが培ってきた遠隔教育のノウハウが、21世紀のオンライン教育時代における躍進の下地を作ったと言えるでしょう。

勢いあふれるイギリスのEdTechスタートアップ
イギリスのEdTech界で存在感を放つのは、大学だけではありません。近年、教育系スタートアップも目覚ましい活躍を見せています。

毎年世界で最も成功を収めたEdTechスタートアップ企業20社を表彰する「EdTech x Global オールスター・アワード」においても、毎年多くのイギリス企業が受賞者に名を連ねています。このアワードは、過去3年間の成長度を審査する「スケールアップ賞」、社会貢献へのインパクトを審査する「インパクト賞」、そしてそれら全ての項目を総合的に審査する「スタートアップ賞」の3分野に分かれ、各分野の上位20社と、さらに最優秀の2社を表彰しています。

2019年は、「スケールアップ賞」において、最優秀2社をイギリスが独占しました。また、スタートアップ賞の最優秀賞にもイギリス勢が1社名を連ねています(ちなみにもう1社はお隣アイルランド)。各賞のファイナリスト20社を合計した60社の内訳を見てみると、イギリス勢から13社もランクインしていることがわかります。国際的な舞台においても、イギリスEdTechの躍進を印象付ける結果となりました。

ランクインしたイギリス勢の顔ぶれを見てみましょう。まず、最優秀賞を獲得したスタートアップには、AIを活用した義務教育~大学向けの学習プラットフォームを提供するCENTURY、オンライン学習プラットフォームを通して学習者同士の学び合いを促進するFutureLearn、さらに医療者向けに外科手術のシミュレーションアプリを提供するTouch Surgeryなどが名を連ねています。ファイナリストにも個性的な面々が揃っています。まず個人の金融リテラシー向上に特化したアプリを開発するBlackbullion、教員同士の相互コーチングやコラボレーションを容易にするプラットフォームを提供するTeacherly、さらに成績保証型のAI学習プラットフォームを提供するUp Learnなど、個性あふれるスタートアップが多数ノミネートされています。

ちなみにアジアからも、インドから7社がランクインするなど快進撃を見せています。またフィリピンやシンガポールからもファイナリストがノミネートされました。今回残念ながら、日本勢の顔ぶれは見られませんでしたが、2016年にはライフイズテック株式会社が日本から堂々ランクインしたことで話題となりました。

フランス:産学官がワンチームで盛り上げるヨーロッパの一大教育エコシステム

伝統文化の香り高いフランスからも、近年有望なEdTechスタートアップが多数輩出されています。フランスでは前オランド大統領政権時代から「French Tech」を標榜し、国を挙げてのスタートアップ育成支援を推進してきました。それらの施策が功を奏し、現在フランス国内には、政府から個人まであらゆるレベルのプレイヤーがワンチームとなりEdTech産業を盛り上げようとする気運があります。

フランスが国を挙げて推し進めるEdTech改革
2010年代以降、フランスでは教育のデジタル化が政府主導で推し進められてきました。その一例が、フランス・デジタル大学(FUN)です。フランス・デジタル大学はフランス語圏のMOOCsの総合プラットフォームで、2013年にフランス政府主導により設立されました。フランス本国はもちろん、スイスやベルギー、カナダ等のフランス語圏からも名門大学が多数参加し、フランス語によるオンライン講義を配信しています。世界中から十数万人規模の受講者を集める人気コースも登場しており、フランス語圏における一大教育プラットフォームへの成長を遂げています。

大学に関連した話題をもう一つ。2014年、フランスの国立大学であるパリ大学において、EdTechに特化した修士課程「EdTech Master」が開講しました(※現在はMaster in Learning Sciencesに改称)。私は2016~2017年にかけて、このEdTech Masterに修士学生として在籍していました。EdTech Masterでは、教育分野の専門家やEdTech界の実務家を講師に招き、実践的な教育を行っています。また政府や企業と共同研究を行ったり、教育機関向けのプログラム開発を行ったりなど、産学協同プロジェクトの発信地になっています。

それら活動と並行して、一般市民に開かれた教育関連のイベントも定期的に開催されています。一般市民や子どもたちを対象にしたゲームイベントや、一般市民を交えた意見交換会を企画したりなど、あらゆるセクターにまたがってEdTechの一大エコシステムを形成する役割を担っています。

個性豊かなフランスのEdTechスタートアップたち
前章でイギリスのスタートアップの目覚ましい活躍について紹介しましたが、フランスのスタートアップも負けてはいません。

フランスのEdTechスタートアップが国際的な注目を浴びるようになったのは、やはり「EdTech x Global」カンファレンスがきっかけでした。2015年に発表された最も優秀なEdTechスタートアップ20社のうち、フランスが非英語圏としては異例の3企業ランクインという快挙を成し遂げたことで、EdTechプレイヤーの一角として新たな認知を得ることになりました。同年に最優秀賞を受賞したdigiSchoolは、受験に特化した情報発信メディアと受験対策コースを統合する学習者向けのプラットフォームとして、そのサービスの質と社会的意義に高い評価が与えられました。

昨年2019年にも、フランスから3社が堂々ランクインしています。パン屋さん向けにパン作りに関する専門的なコースを提供する Baguette Academyなど、フランスならではの個性派スタートアップがノミネートされています。そのほか、世界3935都市でコーディングのブートキャンプを主催するLe Wagon(※2020年6月現在)や、プログラミング教育に特化したレクチャーを数多く配信する学習プラットフォーム OpenClassroomsが名を連ねています。

ちなみにこのOpenClassroomsは、13歳と11歳の若き起業家達によって設立されたという点で大きな注目を集めました。1999年、当時中学生であった創業者のマチュー・ヌブラ少年が、コーディングについて独学で学んだ情報をコースに仕立て、自身のブログ上で無料公開し始めたことが始まりであったとされています。EdTech分野における最も若く勇敢な起業家の一人として、今後も記憶されていくことでしょう。

ちなみにOpenClassroomsは、前オランド政権下では失業者向けの職業教育に活用されていたほど、その質に信頼が置かれているサービスでもあります。当時、自社ウェブサイトのトップページにオランド前大統領からの個別動画メッセージが寄せられていたことからも、政府からの雇用改善に対する期待の高さがうかがわれました。マクロン政権下の現在も、就職保証(※コース開始6ヶ月以内に就職先が見つからなければコース料金を全額返金)を打ち出すなど、結果へのコミットメントを強く打ち出しユーザーからの信頼を得続けています。

スタートアップだけでなく、個人の活躍も目覚ましいのがフランスEdTech界の特徴です。中でもとりわけ話題性に富むのが、「EdTech World Tour」の創始者であるスヴェニア・ブッソン氏でしょう。彼女は、世界のEdTech業界の視察と題し、世界一周ツアーを敢行したことで一躍時の人となった若きフランス人女性です。「EdTech x Global」カンファレンスでも、講演者として毎年おなじみの顔になりつつあります。今年も、ミネルヴァ大学創設者のベン・ネルソン氏とコロナウイルス禍のオンライン教育について対談を行いました。

私自身、彼女にはフランスに滞在していた際に二度ほどお目にかかりましたが、小柄な体から好奇心が溢れ出すとてもエネルギッシュな女性でした。ちなみに現在は、世界一周で培った経験と知識をもとにLearn Spaceというスタートアップを運営しています。教育機関へのEdTech導入のコンサルティングを生業とするほか、EdTech World Tourも毎年実施しています。ちなみに最新のツアーでは、セネガルやガーナ等の西アフリカ諸国を舞台に、若者向け職業教育の現状と就職率の関連をテーマとして視察が行われました。Learn Spaceのウェブサイト上で詳細なレポートがアップされています。次の行き先はどこになるのでしょうか。今後の彼女の活動と併せて注目し続けたいと思います。

最後に

今回は、普段日本でなかなか注目を浴びることのないヨーロッパのEdTechシーンについて、二大集積地であるイギリスとフランスの事例を中心にご紹介しました。大航海時代から続く遠隔教育のノウハウを武器に、高等教育機関がけん引してきたイギリスのEdTechムーブメント。一方フランスでは、政府から個人までもが全員野球でFrench Techを推し進めてきた経緯があります。それぞれ成り立ちは異なりますが、ヨーロッパにおけるEdTechの二大ハブとして、ともに世界市場への進出を加速しています。

EdTechといえばアメリカ、というイメージをお持ちであった方も、今後は発展目覚ましいヨーロッパのEdTech界に是非注目して頂ければと思います。

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