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【SS】金曜日のミラクル(2306文字)

人はみな、他人のことなんてどうでもいいのだ。
いや、私のことなんてどうでもいいのだ。

数日前に振られた元カレとのいつかの会話を思い出す。

「いつか会社を辞めて、海辺でカフェを開くのが夢なの」
「ふーん、いいんじゃない?」

あの「いいんじゃない」の後にはきっと、
(俺はどうなっても知らないけど)が隠れていた。

昼間、資料のミスを指摘したときの部下との会話を思い出す。

「影山くん。前例踏襲して終わりじゃなくて、きちんと意味を理解して進めようっていつも言ってるよね? これ、室長まで回るやつだし、残りは私がするわ」
「……すんませんでした」

あの「すんません」の後にはきっと、
(どうせ責任とるのは俺じゃないし)が隠れていた。

(ごちゃごちゃうるさいから未だに結婚もできないんだよ)
という目をしていた気もする。
さすがに被害妄想が過ぎるだろうか。

36歳。独身。中間管理職。
こんな立場の女に対して、世間は想像以上に無関心で冷たい。
だけど放っておいてくれるわけではない。
面倒なことだけが積み重なって、見えない重りが肩にずしりとのしかかる。

とにもかくにも、すべてにうんざりしていた。

そんなときだった。
ミラクルさんの文章に出会ったのは。

インスタグラムのようなSNSできらきらとした日常を投稿する気にはなれないけれど、何かで人とつながっていたい。
そう思って始めたのがnoteだった。

仕事終わりには文字を書く気力も湧かないから、もっぱら読む専門。
記事に気軽にコメントして、「noter」と呼ばれるひとたちと交流できる点が気に入っている。

ミラクルさんのプロフィール文は「ただの阿呆ですわ」で締めくくられていた。
なぜだか分からないけど、惹かれた。

彼の最新の投稿は……これか。
『金曜日』――わたしがいちばん好きな曜日。

翌日から二日間は、全部忘れられるから。
なにも考えなくていいから。

投稿の最後は「知らんけど」で締めくくられている。
この投稿だけではない。全部がだ。

「知らんけど」
無関心と無責任を主張することば。
元カレと部下の冷めた目が脳裏を掠めた。

だけど、なぜだろう。
人をおもんばかって、大好きなあの娘へのストレートな思いを綴った投稿をもう一度読んでみる。
このひとの「知らんけど」からは不思議と温かさが伝わってきた。
もしものときには「しゃあないなあ」と言って救い上げてくれそうな、そんな感じがする。

ネットの出会いなんて危険だという古風な考えを持っている私なのに、どうしても彼に会ってみたくなった。
ダメ元でTwitterのDMを送ってみた。

要約するとこうだ。
話してみたいから、会ってください。

返事が返ってきた。

要約するとこうだ。
予定がないから、いいですよ。

こんなにシンプルなコミュニケーションをとったのはいつぶりだろう。
人に会うためにお酒や口実が必要になったのはいつからだったんだろう。

彼に対してだけは、そんなものが不要に思えた。

***

約束の金曜日。
19時にHEP FIVE前で待ち合わせすることになった。
若い子たちが御用達にしている待ち合わせ場所を使うのは少し気が引けたが、それすら新鮮で気分が上がっていた。

なのに。
約束の19時を過ぎても、ミラクルさんは来ない。
5分、また5分と時間が過ぎていくにつれ、またあの思いが浮かぶ。

やっぱりみんな、私のことなんてどうでもいいのだ。

諦めて帰ろうとしたその時、遠くから声が聞こえた。

「すんませーーん!」

大声をあげながらこちらに走ってくる男の人が見える。
あれだ。絶対ミラクルさんだ。

「エライ待たせてもうて。ホンマにゴメンやでー、こけてるおばあちゃんいたんよ。ホンマにごめりんこやで」

「来ないかと思いました......バカ」

泣きそうなほど嬉しいのに、つい憎まれ口が出てしまう。

「こんな綺麗なお姉さん待たせて、ホンマに阿呆やな~俺」

あの言葉、本当に使うんだ。

私の経験上、自分で阿呆というひとが本当の阿呆であった試しがない。
もしくは、自分を守るために敢えてハードルを下げているのだろうか。

なんだっていい。
彼が大天才でも、ただの臆病者でも、全部をひっくるめてこの人が愛しい。
恋愛ではない。
友情とも言い難い。

始まったばかりのこの関係になんて名前をつけたらいいのか分からないけど、大切にしていきたいと思った。

「あらためて、よろしくお願いします」
「いやーホンマになんやかんややけども、よろしくお願いします~」

***

また、月曜日がやってきた。
出社して早々、マネージャーが気遣わしげに私の席までやってくる。

「あの室長説明の資料どうなってる? 例のプロジェクトには結構ご興味をお持ちのようだから、特に投資判断の部分はしっかり作りこんどいてね」

「ああ、あれは影山くんに任せます」

それを聞いたマネージャーは驚きを隠せない様子だ。
きっと私が仕切ると思っていたのだろう。
ふふふ、何だか少しいい気分。

(間に合うのかなんて、知らんけど)

私の隣で話を聞いていた影山はと言えば、同じくビックリした様子。
だけど、心なしか嬉しそうだ。
瞳に力がみなぎっているように見える。
もっと無気力な子だと思い込んでいた。

(どんな資料になるのかなんて、知らんけど)

しょせん社内説明の資料だ。
もしもの時には頭を下げればそれで済む話。

(頑張れ、影山)

この先の人生、どうなるのかなんて分からないけれど。
私次第でどうとでもなる。
今は心からそう思える。

私はとんでもない魔法を手に入れたみたいだ。
知らんけど、の魔法。

さあ、今日からまた頑張るぞ、私。




知らんけど

***

もういっちょコラボさせていただきました~♪
Special Thanks!
挿入詞&関西弁校正:Love is ミラクルさん


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