見出し画像

10年前のロードムービー

思えば、ちょうど10年前だった。
2013年の9月、初めて一人で飛行機に乗った。

元々は新幹線で広島に行こうと思っていたけれど、天候を見て急遽福岡へ向かうことにしたのだった。有給中の平日だったから、当日でもエアアジアの航空券が安く取れた。

朝に搭乗の予約をして、昼頃には空の上にいた。福岡から、熊本、大分、徳島、香川、愛媛、広島を巡る一人旅の始まりだった。

動画が残っている。毎日の道程を少しずつ記録したショートムービーだ。旅の撮影データをおしゃれにつなげてくれる、HONDAのアプリ「Road Movies」が当時流行っていた。

初めての九州。到着するやいなや、「博多だるま」で豚骨ラーメンをすすった。押し寄せる獣の香りに大興奮したことを覚えている。立ち寄ったスターバックスで、店員のお姉さんがフレンドリーに話しかけてくれて、なんだかホッとしたことも。夜の中洲は少し怖くて、屋台で食べたラーメンの味はあまり記憶にない。

・・・

10年が経った。
長い10年だった。大切なものをいくつも失った。
そして、かけがえのないものを同じぐらい手に入れた。

夫と2人、カメラを持って博多の町を歩く。久留米も。北九州も。少し足を伸ばして、佐賀や山口も。

距離に対する感覚が、10年前とは大きく変わったように思う。車を買い、2拠点生活を始めて、移動が日常になったからだろうか。旅行や出張で訪れたことのある町も増えて、世界はぐっと狭くなった。福岡はもう、遠い未知の場所ではない。

福岡アジア美術館。福岡市美術館。北九州市立美術館。ART FAIR ASIA FUKUOKA。アートを求めて走り回る未来を、10年前の私は微塵も想像していない。日本料理を食べ、雑居ビルの3階にある小さくて暗いお店で夫と代わる代わるシーシャを吸う夜を、あの時は欠片すら見つけられず。

ただ、悲しくて悲しくて悲しかったのだ。あれは、喪失に突き動かされた旅だった。空っぽのメモリーに、知らない町をローディングしながら歩き続けた。

戻りたいとは思わない。
23歳の私には想像もできなかった幸せが、今はある。
33歳の私は、彼女を励ましてあげられる。全部なんとかなるから大丈夫だよ、って。大船に乗った気持ちで10年過ごしたら、ほしいものは大体手に入るから、って。

ただ、狭くなった世界はなんだか窮屈で。
遠くを訪れても、どこか散歩の延長線上のようで。

あのひりつく一歩一歩を、ロードムービーのようなひと時を、ふと恋しく思うことがある。映画『チョコリエッタ』のような、衝動に満ちた旅に焦がれることが。

この先も、あるだろうか。
かいだことのない町の匂いに、頭のてっぺんから足の先っぽまでが痺れて、呼吸すらままならなくなるような旅をすることは。

ひんやりと肌をなでる9月の風は、そんな感傷を連れてくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?