クラスルームに介入するデザイン:ニューロダイバーシティを担保するためのデザインリサーチ
こんにちは。デルフト工科大学修士のDesign for Interaction (以下DFI)コースに在籍しているShionです。今回の記事では、私が修士1年目に行ったリサーチプロジェクトを紹介します。こちらの記事を通して、DFIの学生がどんなことを学んでいるのか何となくでも掴んでいただけたらなと思います。記事の最後に少しだけ、このプロジェクトを理論的側面から解説もしてみました。なお、こちらの記事は、私のポートフォリオの説明文を日本語訳したものになります。
概要
あなたはこれまで授業や仕事に集中しなくてはいけない場面で、ふと虫や壁に気がいってしまうような経験をしたことはないだろうか?きっとあるだろう。多くのADHD(注意欠如多動症)を持った人々は日常生活でこれを頻繁に経験する。2名のADHDを持つ児童が含まれたオランダの小学校の教室でのリサーチから、勉強に集中するのが苦手な数名の児童は自分自身を他者から完全に隔離しなくてはならず、それによって気まずさや孤立感を感じやすくなっていた。このプロジェクトは、ADHDを持つ児童だけではなく、その他全ての児童のために立ちはだかる課題の解決に取り組んだ。
グループの一員になる VS 集中できる環境を手に入れる
1週間に及ぶ参与観察で私は児童の教室でのアクティビティを記録した。この中で、以下のことが分かった。
児童たちは他のクラスメイトの席に行って一緒に問題を解くことが推奨されている
彼らはこのコラボレーションを楽しんでいた一方で、何人かの児童はそれによって気が散ってしまっていた
結果的に課題に集中できない児童は、自分の机を他から離したり、デスクパーテーションなどを使用するなどして集中しようとしていた
確かに周囲から「孤立」をすることによって、児童は課題に集中できるようになる。しかし、それによって他のクラスメートとの断絶が生まれる可能性があった。例えば、既存のデスクパーテーションを児童が使うとしよう。彼らは、隣の席に座るクラスメイトとのコミュニケーションを拒絶しているような感覚になってしまうかもしれない。そういったところから少しずつ児童の間で距離が生まれてしまうかもしれない。
ゴール設定
私は以上の観察結果から、このプロジェクトで達成したいゴールを設定した。それは、ADHDを持つ児童や、集中することが苦手な児童が周囲との繋がりを感じながら、課題にも集中して取り組めるような環境を作ると言うものだ。
児童とプロトタイプの間で起こった"Ludic Engagement"
私は次のステップとしてプロトタイプを作り児童に実際に使ってもらいながら、問題に対する理解をアップデートしていくことにした。私はカードをまず製作した。このカードには表と裏にそれぞれ、「私は集中したい」と、「私は一緒に課題に取り組みたい」というメッセージが入っており、机や椅子に取り付けることができる。私はこのプロトタイプによって児童が自分の気持ちを他者に伝えやすくなると考えた。
彼らからの反応は良かったが私が期待した通りには行かなかった。彼らのメッセージの内容への関心はいつしかなくなっていった。ところが、彼らはそれ以降もこのカードを使い続けていた。どうやらこのカードを「机と机の間に挟む行為」に一種の喜びを感じているようだった。私はこの児童たちと、メッセージカードの間で起こっているインタラクションを"Ludic Engagement(目的のない遊びのエンゲージメント)"と呼びたい。この言葉は私が作り出したものではなく、2004年にCHIでウィリアム・ゲイバーらが発表した"The Drift Table: Designing for Ludic Engagement"で使われた言葉である(Gaver et al, 2004)。彼らは論文の中で"Ludic Engagement"を「人の好奇心、探索心、内省をくすぐり、外在的なゴールを持たず、オープンさと、曖昧さを含んでいる人間のエンゲージメント」であると定義した。要するに手持ち無沙汰に目的もなくしてしまう行いだ。私は児童のこの"Ludic Engagement"をサポートすることで、彼らが自らの手でデスクパーテーションを楽しく作り上げられるような仕組みが考えられないかと発想した。直感的に、私の頭の中に児童が思い思いに自分の好きなパーテーションを机と机の間に差し込む画が浮かんだ。
私は花や木など、遊び心のある形をしたカードを作り、学生に使ってもらった。この実験で児童はパーテーションをクラスメイトと楽しみながら構築しているのが確認できた。つまりは、従来のパーテションでは児童が1人で構築していたパーテーションを他者と共に作り上げており、もはや「孤独」な作業ではなくなっていたのだ。
児童自らが思い思いにアレンジするデスクパーテーション
私はこのリサーチの成果物として、Forestというデスクパーテーションを製作した。Forestは複数枚のパーテーションと、それを差し込むことができるスロット・プロファイルによって構成されている。動物、木、草の形をしたパーテーションによって児童は自分だけのオリジナルな「風景」を作ることができる。そして、この風景が完成すると、キュービクルのように児童の集中をサポートしてくれる。このフレキシブルにアレンジ可能なパーテーションは、森(パーテション)の高さ、そして、密度を自分で調整し、児童がどのくらい外部とのコンタクトを持ちたいか決定することができる。この児童本人に自主性(Autonomy)を持たせるデザインは、彼らにsense of control(物事を自分自身でコントロールできているという感覚)と、feeling of achievement(達成感)を与えてくれる。そして何より、この遊び心のあるデザインは周りにいるクラスメイトに興味を持たせ、パーテーションの構築に参加させる効果がある。
従来のユーザーを圧倒するような大きいパーテーションとは対照的に、Forestは小さく、遊び心のある形をしており、これが最終的に本人の周囲を囲うネガティブな意味での「殻」になるという印象を与えず、創造性を発散させながら楽しく構築することができる。
児童は他のクラスメイトと楽しみながらパーテーションを構築していた
定型発達の児童7人と、ADHDを持つ児童3人を含めた検証テストでは、全ての参加者が集中しやすくなったと話してくれた。そして、彼らが周囲の児童と共にパーテーションを構築しているところが確認できた。
有難いことにこのForestデスクパーテーションは、いくつかの賞を頂き、招待展示も果たした。また、デルフト工科大学内にあるインキュベーターからのサポートの申し出も頂けた。未だに発展途上ではあるが、将来的には何らかの形で児童の手に届けられたらと思っている。今は、細々とこちらのオンラインストアで注文を受けているが、ブランディングなど私の専門外のことが多く商業化に向けてはなかなか前進していない。もし、一緒にこのプロジェクトに参加してくれる人がいれば、私のインスタグラムにDMして頂けると嬉しい。
以上が私が授業内で実践したリサーチプロジェクトの内容でした。こちらのプロジェクトは、私にとって初めてのResearch through Design(RtD)であるという認識を持って取り組んだプロジェクトです。論文などで私がデザインリサーチに関して見聞きしたことを元に理論的な側面からこのプロジェクトを見てみると以下のことが分かります。
まず、最終成果物はあくまでリサーチの蓄積によって生まれた「知」の結晶であるという点です。クリストファー・フレイリングは、"Research in Art and Design"という論文の中でデザイナーが、現実世界で直面する問題を解決していくプロセス自体が知の具現化であるとしました (Frayling, 1994)。つまり、究極的にはリサーチの成果物が、論文ではなくデザインされたプロダクトであるということになります。このことを当てはめるとForestデスクパーテーションは、オランダの1小学校の教室というコンテクスト内のリサーチで得られた「知」が結晶化したものだということになります。
先述したことを踏まえると、無論ではありますが、最終成果物のプロダクトは、商業化を目指してデザインされたものではありません。先に述べたリサーチプロセスの中で、私はプロトタイプという言葉を何度か使用していました。しかし、この言葉は、もともとは商業化を目指していなかった今回のプロジェクトでは正確な表現ではなく、artifact(人工物)がより適切になるかと思います。
今回の記事はこれで以上になります。Research through Design(RtD)は発展途上の分野であり、この記事で述べていることは全て私個人の見解であることを改めてご了承ください。
参照
https://diopd.org/positive-design-in-tijdschrift-positieve-psychologie/
https://dl.acm.org/doi/10.1145/985921.985947
https://researchonline.rca.ac.uk/384/
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