書評:亀山郁夫『「カラマーゾフの兄弟」の続編を空想する』
第一級のドストエフスキー研究者が空想する『カラマーゾフ』の続編とは?
今回ご紹介するのは、亀山郁夫『「カラマーゾフの兄弟」の続編を空想する』という著作。
十数年前、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の新訳を30年ぶりに世に放ち、異例の13万部の売り上げを叩き出しブームを巻き起こした亀山郁夫先生による著作である。
以前の投稿で、『「悪霊」神になりたかった男』という氏の著作を紹介たが、私のなかでは絶賛であった。本著でもその恐るべき「想像力」が遺憾なく発揮されており、スリリングで大変楽しめる内容であった。
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は未完とされている。『カラマーゾフの兄弟』の序文には、「これから始まる物語はある事件の13年前の出来事である」ということが示されており、つまりドストエフスキーが13年後の物語を想定していたことが明らかなのだ。
しかしドストエフスキー自身の死により、13年後の物語は遂に描かれることはなかった。
それでも、現存の部分のみにおいてもそのあまりの完成度の高さ故、「人類史上最高傑作」とまで評される作品なのだ。
しかしその点をどう納得しようとも、ドストエフスキーが構想していたであろう更なる壮大な物語とはどのようなものだったのか、読者にとっては永遠に魅力的なテーマであり続けることだろう。
小説である故、空想は読者の自由である。100人いれば100通りの物語があってよいだろう。
しかし亀山先生は、残されたテキストや創作ノート、証言、当時の政治情勢や宗教情勢、そして何よりドストエフスキー自身の経験と思想を丹念にたどることで、「空想」という営みに考え得る限りの根拠を示してみせ、自らの続編の空想に出来得る限りの説得力を持って臨んでいる。
現存の物語で大きく取り上げられた「父殺し」というテーマ。これを基底に、更に拡大することで練り上げられたであろうとされる「皇帝暗殺」。
そう。あの善良なアレクセイが皇帝暗殺に加担するというのがおよそ想像される最も危険なストーリーなのだ。
このストーリーが、当時のロシアにおいて如何に危険なテーマであったかは、これは亀山先生の著作を読んで是非ご確認いただきたいところだ。
亀山先生はしかし、このストーリーの大筋は肯定しつつも、アレクセイがその首謀者になるという刺激的な展開には否を唱えている。思想の体現者、実践家は、『カラマーゾフの兄弟』で再三登場した少年達になるはずだというのが先生の意見である。その根拠には、壮大なる思想的・宗教的な裏付けがある。
ドストエフスキーを精緻に読み解くとはこういうことか、と、目頭が熱くなる程の興奮を覚えた著作であった。
ところで、小説は時代を反映する側面があるのもまた然りだ。
即ち、ドストエフスキー没後、時のアレクサンドル2世はテロルにより爆死。皇帝暗殺は史実として本当の事件となったのだ。
これをドストエフスキーが目の当たりにしていたなら、彼はどう考え、どう作品を練り上げたのだろうか。空想の種は尽きない。
小説の解釈は自由である。100人いれば100の物語が空想されてよい。
しかしその中においても、亀山先生の「空想」には読者を納得させるだけの「科学的」なアプローチがある。
一般読者ではおよそ実現できない「リアリティ」を体感できるのが魅力の著作だ。
読了難易度:★★☆☆☆(←本編読了前提)
欲情度:★★★★☆
意外と理論的度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★★
#KING王 #読書#読書感想#読書記録#レビュー#書評#海外文学#ロシア文学#ドストエフスキー#カラマーゾフの兄弟#亀山郁夫#カラマーゾフの兄弟の続編を空想する#第一級の研究者による空想
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?