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書評:長沼伸一郎『現代経済学の直観的方法』

現代経済学の基礎を押さえながら資本主義経済の限界に対する新たな視点を提示する優れた著作

今回ご紹介するのは、長沼伸一郎『現代経済学の直観的方法』という著作。

経済学を未学者に対し、例をふんだんに用いながらわかりやすく説明した著作である。

経済学についてあらかたの知識を有する読者にとっては、全編が全編読み応えがあるわけでは正直ないのであるが、それでもところどころに優れた記述が散りばめられており、通読する価値は十分にあると思われる。

全9章あり、第8章まで読み進めた限りではご紹介することはないかなと思っていたのだが、第9章が本当に素晴らしい内容だったので、やはりご紹介したいと思い直した。

折角なので、資本主義に関連する私の個人的な考えや思うことも合わせて書いてみようとと思う。

以下、大きく4つの点について記述する。

①本書が良書であると保証できるド頭の文
②第6章「貨幣はなぜ増殖するのか」の私的な補足
③第9章「資本主義の将来はどこへ向かうのか」の感動
④その他ちょっと思うこと(毒はく系)

①本書が良書であると保証できるド頭の文

まずは、第1章「資本主義の中枢部を解剖する」からの本文の引用である。

「成長を続けなければならないというのは、資本主義というシステムが必然的に持たざるを得ない一つの宿命だからである。(中略)その最も直接的な理由をずばりと言えば、それは「金利」というものがあるからである。」

経済を成長へと駆り立てる資本主義の駆動力の中枢は、「金利」であるということ。この点を何よりも最初に明確に指摘している本書は、それだけでも良書であると断言できる。

あえて補足するならば、「金利」と第6章の貨幣創造の仕組みがセットで働くことが資本主義の駆動力となっているのが資本主義であるので、②に移ろう。

②第6章「貨幣はなぜ増殖するのか」の私的な補足

本書では、「貨幣は貸付けにより創造される」という少し優しめの表現がなされている。

それは全くその通りなのだが、そのことが資本主義にもたらす影響について意識を向けるためには、以下のように逆の表現を用いた方が良いと個人的には思っている。逆の表現とは、貸し手視点の「貸付けにより」ではなく、借り手視点で表現するということだ。

即ち、「貨幣は借金により(誰かが借金をすることにより)創造される」という表現がより好ましい、というのが私の考えである。

この方が、2つの点でこの仕組みが資本主義にもたらす影響を意識しやすいと考えている。

1つは、①の「金利」の話と結び付けやすくなるという点だ。即ち、貨幣は誰かが借金することで創造される→借金すると金利がかか流ので元本以上に返済しなければならない→現状維持ではダメで成長しないと返せない→つまり資本主義は成長を宿命付ける仕組みを内包する経済システムだということ、という繋がりが、「借金」という表現の方が見えやすくなると思われる。

あくまで程度差だが、貨幣発行の仕組みを貸し手視点で表現してしまうと、資本主義が成長を宿命付けられているという点に直観的に結び付き辛くなると思える。「直観的」に経済学を捉えることを目的とした本著としては、惜しいと思った。

もう1つは、貨幣が借金で創造されるのならば返済するとどうなるのか?という点についてだ。このことは本書では書かれていないので、私の個人的な見解になるが捕捉しておきたい。

ずばり、借金を返済すると貨幣は消滅する。

つまり資本主義は、必ず誰かが借金をしていなければそもそも貨幣が存在できない仕組みであり、だからこそ社会全体を成長へと駆り立ててしまうシステムなのだ。

借金返済による貨幣消失に関連し、更に個人的な意見を書いておきたい。

現在の日本は、銀行からの民間の借金(銀行による民間への貸付け)が減少傾向にある。これは、もしそのままだと流通する貨幣自体が少なくなるということを意味する。流通貨幣が少なくなると、潜在的に実現可能な経済規模そのものが縮小してしまうことになる。

意図的かどうかはわからないが、実態として、民間が借金しない代わりに国家が借金をしているのが現在の日本である。国家が国債を発行することで、流通貨幣を維持・創造しているという状態が実情だ。

近年、日本の財政赤字を巡りプライマリーバランス重視派(財務省)と財政拡大派(MMTを拠り所とする在野の論客が多い)の意見対立がある。後者のように「日本では赤字財政は全く問題なし」とまで言い切ることができるかどうかについては、私の意見を差し控えることとしたいが、しかし少なくとも、現在のデフレ不況の状況においてプライマリーバランス最優先で国家の借金を削減してしまうと、市中に流通する貨幣が減ることとなる。つまり、潜在的に実現可能な経済規模そのものが縮小してしまうのだ。

私の個人的な意見では、少なくとも今はプライマリーバランスを最優先としてはいけないと考えている。

③第9章「資本主義の将来はどこへ向かうのか」の感動

第9章における著者の主張は、私にとっては目から鱗であった。

これからの資本主義を巡っては、「更なる高度化やグローバリゼーションの進展」という考え方や「定常型社会論」など、いくつか存在する。

しかし著者は、物理学や自然界に見られるメカニズムを資本主義経済に類推適用し仮説を立てる、という独特の論を展開している。

それは、「縮退」という論点の提起に集約される。

世界経済が名実ともに拡大・成長を続けていた1970年代には、資本主義の限界は資源の枯渇により迎える、という議論がなされた(ローマクラブの『成長の限界』など)。

ところが実際には、当時予想されたような資源利用量の指数関数的な伸びは起こっていないと著者は指摘する。

ここから、1つには資源枯渇は当時の予測より到来が遅くなるだろうということが言える。

しかし、より重要なのは、資源利用量の伸びが予想以下であることは、全く別の問題を意味する可能性があるということを考える必要があると著者は指摘する。

それが、資本主義経済における「縮退」の発生を示す可能性がある、という着想だ。

「縮退」とは、自然界で言えば一部の強い生物が他の生物を過度に食し、食物連鎖のような生態系が維持すべきバランスが失われていくことを意味するもの。
「縮退」の行き着く先は生態系そのものの崩壊だ。

この視点を経済に転じると、例えばGAFAのような一部の圧倒的強者の寡占化による利益の過度な集中により、本来経済システムが維持すべきバランスが劣化している可能性がある、という論点が生まれることとなる。つまり、資本主義経済の「縮退」は既に始まっているのかもしれないのだ。

この論点の意義は、資源枯渇のような物理的な限界よりも遥かに早く、資本主義経済が「縮退」により崩壊する可能性がある、という警鐘である。

この論旨は仮説の段階であり、まだ十分に検証されてはいないかもしれない。しかし、資本主義経済の変化のスピードを考慮すると、「縮退」のスピードは恐ろしく速いはず。仮説の検証を待たず「縮退」が既に始まっているとの前提で今すぐにでも「縮退」を止める方法を考えることが、人類の最優先課題なのかもしれない。

これを読み、私は新たな問題意識を持つことができた。

④その他ちょっと思うこと(毒はく系)

資本主義経済には「搾取」という負の側面が伴うイメージがあるかと思う。

この「搾取」という概念が、現代の我々においては往々にして「経営者と労働者」という構図において語られることが、近年特に多く見られるようになったと感じる。「社畜」という言葉の流行が象徴的だ。

起業家が書く「これからの時代を生き抜くには」的な本が、「搾取される側から搾取する側に回るのが勝ち組」みたいなメッセージを発していること、つまり起業家が自らを勝ち組とする視点でメッセージを発信していること。こうしたことが上記の風潮の一因かもしれない。

私はこの種の話に物凄く違和感を感じる。

歴史的に見ても、資本主義経済における搾取者は資本家だ。
現代日本で仮に勝ち組なる存在を求めるならば、不労所得を得ることができる資産家だろう。

サラリーマンも経営者も、働いてお金を稼がなくてはならない時点で、資本主義経済全体の中では搾取される側だ。会社に搾取されるか社会に搾取されるかだけの違いでしかない。

経営者側に回れば勝ち組という風潮は勘違いだと言いたい。

日本における勤労者の自殺率を、サラリーマンと経営者で比較した調査がある。絶対数はサラリーマンの方が多いので、自殺者数もサラリーマンの方が多い。しかし、総サラリーマン数に占める自殺者率と総経営者数に占める自殺者率を比較すると、経営者の方が7倍の高さという事実がある。

これが何を意味するか。

経営者も自分の会社のためにどんな従業員よりも奴隷になって働き、失敗した際のダメージは遥かに大きいのだ。経営者は自身や家族の生活だけでなく、従業員の生活にも、債権者や株主の利益にも責任を負う。経営者を奴隷のように駆り立てる圧力はサラリーマンに対するそれよりも遥かに強い。

経営者は、そうし大きなリスクに覚悟を持って向き合いながら、経営者としてやりたいことを実現するために邁進しているのだ。

こうしたことにあまり理解がないまま、安易に虚構の勝ち組側に回りたがる風潮を、私はとても危惧する。サラリーマンを「社畜」とバカにするだけの人にそのリスクが負えるのか?その「社畜」の生活に責任を負うのが経営者だぞ?経営者は全く優雅な人生ではないのだ。

特にこれから社会に出るような若い方には、金儲けという狭い世界で物事を捉えるのではなく、社会全体の構造・仕組みを学んでいただきたいと切に願うものである。

読了難易度:★★☆☆☆
資本主義経済システムの基礎理解可能度;★★★★☆
縮退概念の独自性と説得力度:★★★★★
トータルオススメ度:★★★★☆

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