察する方はいつも自分
察する方はいつも自分であること。
人間関係、特に恋人関係において、大切にしていることだ。
「察することが出来ない男はモテない」と、イケてる女友達が言っていた。
僕はそれを聞いて、だったらHSPの人めっちゃモテるやんって思った。HSPは他人の気持ちに敏感だし、察することには長けている。
僕自身もHSPだから僕モテるはずやん。
でも、、、なぜだろうね?
ただ僕は、「察してよ」という言葉はとても傲慢だと思うのだ。
「なんで察してくれないの?」ではなく。
「あ、今のじゃわからないよね」、の方の察しが人間関係特に恋人関係には大切なのだと思う。
察してと自分から相手に察しを求めるのではなく、自分から相手を察してあげるのだ。
例えば
体調が悪い時、
ちょっと不機嫌にしてみる
察してよ。
これではあまりにもわがまま将軍だ。
体調が悪い時、
体調が悪いと相手は気づいていない、と察する
言語化
↓
「ごめん今ちょっと体調がわるいんだ。」
察してよ、と何かを伝えようとするのではなく
伝わってないと察して、言葉で伝える。
これを意識するだけで僕は人間関係が少し楽になった。これを意識するだけで相手に無駄な期待をしなくて済むからだ。期待していないのはいい意味の方で、すごく楽だ、伝わっていないなら言葉で伝えればいい。簡単だ。
相手に何かを伝えたい時
察してもらうのを待つのはナンセンスだ。
相手の察しを待つより自分が察してやること。
察するのはいつも自分。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?