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短編「双子の思い出」

「双子の思い出」

 村の隅の丘の上からは、星達が空の隅から隅までよく見えます。冷たい風心地、鼻にすんとつく尖った空気。寒い冬を通り越そうと駆け足をする優しめな春始めの世界は、そんなふうに働いているのでした。

その丘の下の下の方、上を目指して、息をはあ、はあ、とつきながら大股で登るのは、ここらじゃ知らない人はいない、よく似た双子の男の子達でした。兄の方の名をシオリといい、靴に緑の靴紐を通して、綺麗に蝶々結びをしています。手先がとんでもなく良いのです。弟の方の名をマコといい、青い色の装飾が綺麗な竹笛を首から下げており、優しい目をしております。
 兄のシオリが言いました。

「それ、あと少し。星がチラチラ目に映る。あと少し上に行けば目の中は星でいっぱいだ。」

 弟のマコも言いました。
「急げ急げ!早く早く!」

 双子はそこそこ急いでいて、何故なら家を母にも父にも言わずに出てきたのです。今日は星が本当に綺麗な日なのだと学校で先生が言っていたので、それならば見に行かなけばならないと、二人で自室で宿題を終わらせながらずっとずっと暗くなるのを待っていました。そうして家を出てきたわけなので、本当は早く星を見て早く帰らなければならないのですが、目の前に素晴らしい星空が広がっていると思うと、兄のシオリも弟のマコも、急ぐ理由が早く家に帰らなきゃ!ではなく、早く星を見たい!に、変わっているのでした。

一番上の丘までくると、思っていた以上、空が輝いておりました。瞬きが惜しいほどに、一瞬一瞬、星の煌めきが変わってしまうような気がして、目がカラカラで涙がでるまで空を見ていました。
上を向きすぎていたら、当たり前ですが、クビが痛くなるもので、兄のシオリはグッと下をみました。すると何故気づかなかったのでしょう。星が素敵すぎて気づかなかったのでしょう。緑の靴紐がゆるりゆるりと光を灯し、勝手に解けてゆくのです。まだ上に夢中になっている弟のマコの背中をシオリはバッと叩き、足もとを見せますと、やはりマコも驚きを隠せないようでした。しかし、すぐに落ち着いたのか、普段の優しい目に戻ったマコは、緑の靴紐に問いました。

「シオリの緑の靴紐。そんなにゆるんでどこへ行く?おまえがいなきゃ、シオリは靴がすっぽり抜けてしまって困るんだ。」

 シオリもしゃがみ込み、緑の靴紐に声をかけました。

「マコの言う通り。おまえがいなきゃ、うまく歩けず転んでしまう。」

そうまでして、シオリの靴紐をやめたいのかと、それは何故なのか、二人で問う。すると緑の靴紐は、重々しい声でゆっくり言いました。

「…星に、なりたいのです。空に舞う星の、星座になりたいのです。緑の靴紐座はまだないはずです。どうか。」

どう言うわけか星座に憧れた緑の靴紐は、どうしても行きたいのだと、口を開いた後においおいと鳴き始めました。シオリとマコは、ここに止まると言うことがこの緑の靴紐にとってどれだけ悲しいことかと考えると、どうにもとてもかわいそうに思えてきて、シオリはこう言いました。

「けれども、君は今ふわふわと空気を漂っているけれど、それで空まで行けるのかい?星座になりたい空の場所まで、一人で行けるかい?」

すると、

「そうだとも。今君に別れを告げたところで、途中で君が力尽きて、地面に落ちているのを見ることがあれば、そんな悲しいことはない。だから、迎えを待った方がいい。いい方法がある、本で読んだことがあるんだ。」

 と、マコは言い、首から下げていた青い色の装飾が綺麗な竹笛をひと吹き、もう一吹き、さらに三回吹きました。ふと、静かな空の彼方から、何やら音が聞こえます。それはキラキラ、だったりザラザラだったり、ほわほわだったり、不思議な音色を響かせているのでした。その音色が、空の彼方からサラサラと流れ落ちて、曲がりくねった優しい形の届き橋を作ったのです。

「すごいや、僕にはこんなことはできない。マコが物知りで、勇気のあるやつだからできるんだ。」

シオリは尊敬をマコに向けました。マコはそれを聞いて微笑むと、緑の靴紐に言いました

「いいかい?この橋のキラキラにしっかりつかまっておいで。そうして、橋の先が終わるまではなしてはいけないよ。」

しかしそれを聞くなり緑の靴紐は言いました。

「それはそれはとても難しいのです。何せわたしは力がないのです。」

シオリはそれならばと、緑の靴紐をキラキラの橋の隅にある少しでっぱったところにくくり、しっかりと硬く結びました。

「これでどう?」

するとキラキラの橋はすうっと上に上がってゆきました。緑の靴紐を乗せて、さらさらと空の彼方へ行きました。ありがとう、ありがとう、と、小さな声が届きます。二人はそれをしっかりと聞き届け、シオリは靴を持って、裸足で、マコは満足そうに家へ急いで帰りました。しかし、二人が母にも父にも怒られてしまうことは、決まっているのでした。

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