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自戒の念を込めて「お散歩しようか」

 母が、夜な夜な塗り絵をするようになった。定年後、ずっと行動を共にしていた父が亡くなったからだ。誰もいないリビングで、オレンジ色の灯りのもと、塗り絵をしている。カランカランと、色鉛筆が箱の中を転がる音が響く。
 母は父がいなくなった後も泣き崩れたりしなかったし、ひどく動揺することもなかった。けれども、なんど説明しても忘れてしまうようになったり、思い込みが激しくなったり、ちょっとだけ様子が変わった。
 母は自分の頭が回らなくなってしまったと言って、こんどは点つなぎを買ってきた。1から順に番号をつないでいくと、絵や文字が浮かび上がってくるパズルゲームだ。わたしも幼い頃、大好きでよくやっていた。でも、母はちっとも楽しそうではなく、ただひたすらに数をかぞえては線をつないでいる。
 ある日、母が以前、偶然バスで出会ったご婦人に再会したのだと喜んで報告してきた。母は80歳近くなってから今の土地に引っ越してきたので、近所に友達がまったくいない。古くからの友人は、住まいが遠い。
「わたし、孤独でどうなるかと思って」
 ポロっとそう言った。娘は日中仕事へ出てしまっていないし、孫は学校へ行ってしまうので、一人きりの時間があまりにも長いという不安があったようだ。母は一緒に見る相手がいなくなったせいか、テレビもつけなくなってしまっていた。どんどん、寂しさが深まっていっていたのだと思う。

 息子がインフルエンザにかかってしまい、退屈しのぎになればと、本屋で漫画を買って行ってあげようと考えた。そのとき、母の退屈しのぎになるものも何かないかな?と、すこし書店を眺めてあるいた。
 母はもう少し若かった頃、ハーブに興味をもって勉強していたことがあったし、庭の草木を育てたりしていた。父が体調を崩す前までは葱やらなすやらトマトやらを、猫の額ほどの空きスペースを耕して植えていた。今はやめてしまったが、興味のあることといったら草花だろうと考え、関連する本を探した。
 そのとき目にとまったのが「雑草さんぽ手帖」だ。


雑草さんぽ手帖


 母は歩くことが減っているので、ぜひお散歩をすすめたい。というか、私自身も、ぐるぐる駆け回る思考を止めるために、ちょっと視点を変えて深呼吸できるお散歩をしたいなと思っていたのだが、なんだか億劫になって始められていなかったのだ。ここは母を巻き込んで、一緒に散歩でもしてみてはどうか。

 この本を購入し、母にお土産と言って手渡すと、とても喜んでくれた。「こんな草はむかしあったけど今は見かけなくなった」だとか「この花は今でもよく見る」なんて言って、笑顔を見せた。すこし、ほっとした。

 暖かくなったら、近所でどの草花が見られるのか、探しながら歩いてみようということになった。

 こどもの頃、よくツツジやアカツメクサの蜜を吸って歩いたっけ。シロツメクサの冠は、どうもうまく編めないまま大人になってしまった。タンポポの茎を割いて水につけておくと、くるんと丸まるのも楽しかった。つくしを大量に持ち帰っても、煮てもらうとほんのちょっぴりにしぼんでしまって、がっかりしたり。どんぐりは水に沈めて、浮かび上がってくるのは虫に食われているから捨てる。衣類にひっつくのは、センダングサ?若い青いのは、ダーツのように友達の服めがけて投げて、引っ付け合って遊んだ。枯れた棘状のものは、草むらを出ると意に反して体中に棘が刺さっていてチクチクする。痛いし、親に怒られるので、日が暮れるまで棘を抜き続けた。ほかにも、遊んだ草花はたくさんあるけれど、名前がわからない。(今の子どもたちは、やたらに草花を摘んだりしたらいけないのかな。そうでなくても見かけなくなっているうえに、触れて遊べないのはとても残念だ)
 そうそう、虫もよく捕まえた。バッタ、カマキリ、蝉、蝶々。カタツムリも大好きだった。カブトムシやクワガタも、当時は近所のちょっとうっそうとした公園ならば、クヌギなどがあって、見つけられることがあった。そういえば、最近見かけなくなったのが、みのむし。みのむしが、やたら見たくなるときがある。でも、ぜんぜん出会えない。それと、どうしても忘れられないのが桑の実の味。あまりに食べたくなって調べてみたら、あるんだ、桑の実狩りって。ただ、収穫時期が短いようで、去年調べたときには食べられる時期を逃してしまっていた。今年こそ桑の実農園に行きたいので、ちょびちょび貯金しながら、わくわくそのときを待とうと思う。

 おっと!そのまえに母とのお散歩、はじめたいと思う。




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