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まっちBOX Street 03 掌編小説

まっちBOX Streetという掌編について


1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時の編集長がいろんな記事を乗せたいとい出して書き出したものです。当時のデータがあり、そのままの形で転載します。登場する車が、、古いなぁ。今の車の置き換えてみてくださいな。
現在のコンプラに抵触するものがあったらごめんなさい(^_^)>
73編あるのでぼちぼち公開します。


No3ついて 1995年9月


追いかけっことねずみ捕りの話です。車は、古いミニを想像していただけるといいかも。まだ、ポケベルがあったんだなぁとびっくりです。


No3 プリーズ、ミスターポリスメン

 「困りますねぇ。いったい何キロ出てたと思うんですか」
窓の向こうで警官が言った。困ったというわりには、ちっとも困ったようには見えない。
 「それに、シートベルトもしてませんねぇ」
 きっとこの警官は勝ち誇った気分に違いない。誠は、ためいきをついた。
 「そんなに出てましたか」
 「あのねぇ、ここは広くて見通しもいいけど、40キロ制限なんですよ。あなた60キロは出てました。それに、シートベルトね」
誠は肩をすくめた。どう見たって、こんな直線が40キロだというほうが信じられない。なにかの罠みたいだ。
「べつに捕まえたくって捕まえてるわけじゃないんですよ。こんなに見通しがいいんだから、パトカーだって見えてたでしょ」
要するに捕まるほうが悪いというわけだ。
 「免許証を持って、パトカーまで来てください」
 誠はサイドバックを持った。助手席には赤いリボンの小箱が乗っている。
 約束の時間はとうに過ぎている。彼女はまだ、待っていてくれているだろうか。それにしてもついていない。
 CR-Xのドアを開けて外に出ると、警官の顔が妙に嬉しそうに見えた。おもわず、文句が出そうになったが、でたのはため息だけだった。

 『あんたねぇ。彼女がどんな気分で待ってたと思うのよ』
 電話の向こうでいずみが言った。いずみは二人共通の友人だ。
 「分かってるよ。バイパスで事故があったんだ。それで渋滞。おまけにスピード違反で捕まっちゃったし」
 おかげで待ち合わせの喫茶店に、彼女の姿はなかった。
 『今日は彼女の誕生日でしょ。彼女、楽しみにしてたんだから』
 「僕だって有休取ったし、他にも‥」
 ジャケットのポケットの中の小箱にそっと触れていた。社会人一年生にしてみたら、高価なプレゼントだ。いや、それ以上の意味がある。
 電話の向こうでいずみがくすっと笑ったような気がした。
 『彼女、ポケベルも携帯も持ってないからすぐ連絡はつかないんだけど、きっとまた電話して来ると思うわ』
 「また?」
 『実は、さっき電話して来たのよ。先にいってますって。あんたたちの予定は知らないけど、とっとと追いかけた方がいいんじゃないの』
 「ありがとう。恩にきるよ」
電話をきって、誠は店を飛び出した。

 彼女の赤いミニクーパーは、博物館の駐車場に止まっていた。
辺りを見回しても彼女の姿は見えない。博物館の隣にある公園ではベビーカーを押している女の人と、ベンチでひなたぼっこを決め込んだ老人の姿があるだけだ。
 となると、彼女はなかにいるに違いない。
誠は、博物館に入るのは初めてだった。平日だけあって人の姿はほとんどない。清潔で静かな感じがした。いくらあわてていると言っても、走り回る訳には行かないな。誠はぼんやりと考えていた。

 恐竜の骨格見本をちらりと見上げ、恐竜時代から原始時代、縄文時代と時代を駆け抜けて行く。博物館はちょっとしたタイムマシンなのだ。
 彼女はここでなにを見たいと言っていただろう。頭に血が上っている今、それが思い出せなかった。
 博物館の中は以外と広い。展示物の影で彼女を見逃さないように注意しながら、誠は歩いた。でも、彼女の姿はなかった。
「そうか、車だ」
 思いつけば、簡単なことだ。彼女は車のところに戻って来るのだ。となりに止まっているCR-Xを見て、彼女は待っていてくれるに違いない。
 
『で、彼女はいなかったわけね』
 いずみの軽いため息が聞こえた。あまりに軽すぎて、聞き逃してしまうほどだ。
 「それで、ワイパーにメモが挟んであったんだ。お先に~だって。どう思う」
 『あはは、遊ばれてるのよ。仲、いいんじゃないの』
「そういうのなんとなく、傷つくなぁ。メモだって、博物館のスタンプが押してあるんだぜ。恐竜のイラストのやつ」
いずみは電話の向こうで笑っていた。
テレビの声が聞こえる。電話の向こうの日常生活。いずみの彼氏
の笑い声がした。
 いつもなら会社の車に乗って、ネクタイを締めて、お得意様を回っているころだ。なんだか、彼女の後を追いかけている自分が現実的じゃないような気がしていた。ひょっとしたら、夢でも見ているような。
 『ごめん、ごめん。で、彼女がどこへ行ったか知りたい訳ね』
 「たのむよ。他のこと考えてたから、予定なんてよく覚えてないんだ」
『ふうん。友達だから言うけど、ちゃんと追いかけてあげて。彼女は捕まりたがってるのよ』
 「それはそう思うけど」
『いつか彼女と古い映画をみたのよ。ある女性の後を探偵が尾行するって言う話。で、ふたりの間に愛情が生まれるの。まあ、それと今回はちょっと違うけど、それで嫌われちゃったらしょうがないと彼女は思ってるはず。でも、そういうわがままも含めて捕まえてほしいと思ってるわけ』
「なるほど」
『彼女、今、M美術館。すぐ近くでしょ。あとでどうなったか報告お忘れなく』
 「ありがとう。で、映画の結末は?」
『忘れたわ』

 M美術館の駐車場は狭い。赤いミニクーパーはすぐに分かる。確かに、彼女はここにいるのだ。
 中に入って行くべきだろうか。それとも、ここで彼女が来るのを待っていたほうがいいだろうか。
誠は、中に入ることにした。彼女が逃げるならまた追いかければいい。それより、彼女が今いる所へいく。
ここの美術館の常設展はそれほど点数がある訳ではない。以前二人で訪れた東京の美術館の展示スペースに比べたら、雲泥の差がある。それも仕方ないのかもしれないが。
 それでも彼女にとってはここは楽しみの一部なのだ。絵の点数が少ないことをぶうぶういいながらも、眼を輝かせて絵をのぞいているだろう。
 彼女のそんな姿が誠には目に浮かぶようだった。
美術館に入り、大きな階段に向かうとき、目の端になにか見えたような気がした。長い髪の女性のようだった。
 誠ははっとした。
 それは、まちがいなく彼女だった。
 誠はあわてて駐車場に向かった。
目の前を赤いミニが通り過ぎて行く。
 彼女が笑ってこちらを見ていた。
 時が止まったように思えたほどだった。

CR-Xのワイパーにはまたメモが挟まっていた。誠はメモをポケットに突っ込むと、あわてて車に乗り込んだ。
 今ならまだ間に合うかもしれない。彼女を捕まえられるかもしれない。駐車場をでると、右の交差点を曲がる赤い車が見えた。
乱暴にクラッチをつないだ。
歩いている人が、驚いてこちらを見た。
「くそ!」
信号が変わる寸前、交差点を曲がる。タイヤがきしんですごい音を立てた。
 二台前に赤いミニがいる。丸いテールがかわいい。彼女にぴったりの車だった。

 ミニは順調だった。町中では早い車も遅い車もない。流れに乗って走るだけだ。
 彼女は誠に気が付いているのだろうが、車を止める気はないようだった。それなら、こちらが前に出て止めるしかないのだが、ミニはくるくると町中を駆け抜けて行く。抜こうとすると、意地悪をするようにスピードを上げるのだ。町中の信号も彼女の味方だった。
 「あれ? ここは」
ミニは、広い直線道路に出た。追いつかれまいとスピードを上げる。逆に誠はアクセルをゆるめていた。

 あのパトカーはまだいた。警官がミニを道路端に誘導している。赤いライトがきらめいた。
 ゆっくりとパトカーとミニを抜く。相変わらず警官は楽しそうだった。
誠は少し行って車を止めた。
彼女がパトカーの中に消えて行くのが見えた。
<ちゃんと追いかけて来てね>
クシャクシャになったメモには、そう書いてあった。
 <一生でもいいですよ、順子さん>
となりにそう書いて、ミニのワイパーに挟んだ。ついでに赤いリボンの小箱をのせる。今日の日のために用意したダイヤの指輪‥
 たまには、警官も役に立つ日があるものだと誠はぼんやり思っていた。

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