【小説】それゆけ!山川製作所 (#2 浜川莉子 ①)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川製作所、代表取締役社長の財前でございます。
今回は自己紹介はいりませんよねぇ?

前回の説明通り、専務の黒川からの助言で私も趣味を持つことにした結果、昔からやってみたかった物書きを始めてみようと思ってるんですねぇ。

でも皆さんこれね。

何かを書こうとした途端に、驚くほど筆が進まなかったんですねぇ!
なんですかねぇ。これ何なんですかねぇ。

でも無理に書きたくはない。趣味がストレスになったら本末転倒。書きたいものが出てくその時を自然に待とうと思ったんですねぇ。

でも皆さんこれね。

気づいたんですねぇ。
このまま書きたいものが天から振ってくるのを待っていたら、寿命が先に来てしまうんですねぇ!
私から天に登っていってしまうよって話なんですよねぇ!

ということで、私は少しばかりは頑張ろうかなと思ったわけなんですねぇ。

そして、色々と考えた結果、気になる社員を何人かピックアップして追いかけようと思ったわけなんですねぇ。

完全に待ちではないが、苦にもならないほどの行動というと、私にとってはこの辺が妥当なところだったんですねぇ。

今回はそんな中で1人の新入社員に注目をさせていただいたんですねぇ。

営業部営業一課、浜川莉子(ハマカワリコ)。
彼女はすっかりと変化のなくなってしまった営業部に新しい風を吹かせてくれるかもしれませんねぇ。



例年よりも少し短めの梅雨が明けて、真夏の気配が漂い始める7月上旬。
春から続いていた新入社員研修を無事終えた私「浜川 莉子」は、営業部営業一課というまさに山川製作所の花形部署へと配属されていた。

電気機器メーカー国内最大手「株式会社山川製作所」。
グループ会社も含めた連結従業員数が20万人強ともなる大企業であれば、もちろん採用する新入社員の数も一般的な企業とは比にならない。
当然ながら私よりも頭が良く、コミュニケーション能力がある有能な人たちなんて沢山いるはずなのに、なぜかこの人気部署に配属されたのは特に何の取り柄もない私だった。

子供の頃から身近にあった人気電機メーカー「YAMAKAWA」。エアコンにテレビに冷蔵庫など私の実家でも多くの「YAMAKAWA」製品が使われている。
こんな有名な製品を扱う会社に入社できたのであれば、両親も安心するだろうし、何より私の将来も安定するだろう。
正直私の志望動機なんてそんなものだった。

だからこそ、辞令を聞いた時は取り乱したものだ。
黒川専務から直接辞令を受け取る際に、「つ、謹んでお慶び申し上げます!」と言い間違えたくらいだ。いきなり年賀状挨拶の結びを言うなんて相当だと思う。意識の高い同期の目線が痛かったなぁ……。
とはいえ。
無理ですぅぅ!なんて言えるはずもないことはわかっているから、頑張るしかないんですけどね。


ついに今日からは営業部の先輩との同行訪問が始まる。
いわゆるOJTってやつだ。
もちろん、お客さんへの訪問だけではなく、その他業務に関わるすべてのことを行動を通じて学ばせてもらう予定。

それでその肝心の先輩なんだけど、恐れ多くも山川商事のトップセールスマンで営業一課の課長でもある田中 正(タナカ タダシ)課長と組ませてもらうことになった。

田中課長は研修している私たちですら噂を耳にするような人だった。

個人売上歴代1位のエリート。
最年少での課長就任。
恐ろしくストイックで真面目。
めちゃくちゃ変人。

最後らへんに不穏な噂があったが、まぁ簡単に言うとすごい仕事ができる変人ってことなんだろう。何かに突出しているは突き詰めるあまり変人に見えるっていうし、正直私は不安よりもそんなすごい人に教えてもらえるというワクワクの方が勝っていた。

さっきまでは。



「あのぅ……弊社に何か御用でしょうか?」

受付のお姉さんが遠慮がちにこちらを見ている。
私と課長は得意先であるIT企業の1階エントランスに設置された総合受付の前に立っていた。
15分前から。

受付のお姉さんが立ち上がって迎えようかどうか迷う絶妙な位置取り。
もう一歩くれば立ち上がってお辞儀をするのに、というようなそれはそれは絶妙な距離感。
そんな場所で、田中課長はずっと直立不動の姿勢を貫いている。何も言わず。目を閉じて。改めて言うけど15分前から。

田中課長の隣でずっとソワソワしている私。
行き交う人達の目線が痛い……。
社会人経験皆無の私でもわかる。

この状況は変だ。

受付のお姉さんは、ただただ立ち尽くす課長にどうしていいかわからず困っていたが、迷ったあげくついに声をかけてきたのだった。

「ご用件があればお伺いいたしますが……」
「山川商事の田中と申します。本日総務部の横井様とお約束させていただいております」
「そ、総務部の横井ですね。少々お待ち下さい」

ぱっと目を開いた課長はハキハキとした声で対応した。
どもりつつも、お客様だったと安堵した様子のお姉さんが内線をかけようとしたけど……。

「お構いなく。お約束は14時からとなっておりますので」

さっと手を上げてお姉さんの行動を制する。
ただいま時刻は13時57分。
え?どういうこと?お構いなくじゃなくない?

不意に受付のお姉さんと目が合う。泣きそうな目だ。
あれは完全に助けを求めている目。
でもごめんなさい。私、今日が初めての会社訪問だから何も言えないんです!

私のアイコンタクトで察したのか、お姉さんは意を決したように改めて課長に向き直った。

「お、おそらく横井であれば社内におりますので、もしよろしけれ……」
「お世話になります。山川商事の田中と申しますが、本日14時から総務部の横井様とお約束でお伺いさせていただきました」
「ひっ……!」

お姉さんインターセプトして挨拶しやがった!お姉さん訳が分からず怯えてるじゃん!

……ッハ!!

腕時計を見た。
14時ちょうどだった。


「いやあんた変わってんなぁオイ!!!!」

広々としたエントランスに私の声が響き渡った。



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