【小説】それゆけ!山川製作所 (#3 浜川莉子 ②)
今は、課長の運転する社有車で会社に戻っているところ。
しっかりとハンドル上部を両手で握り、右左折時にはサイドミラーで一度確認、そしてその後目視で再確認。横断歩道前ではたとえ人がいなくとも減速をしている。
これは「かもしれない運転」だ。
基本に忠実な運転をする田中課長を見て、不意に大学前の春休みに通った地元の自動車教習所を思い出した。
(……真面目で仕事ができる変人)
運転姿を横目で見ながら、研修時から聞いていた課長の噂を改めて思い起こす。
(噂に一変の差異なしって感じね)
商談を終えてまず思ったことは、やっぱりこの人はめちゃくちゃ仕事ができる人なんだなということだった。
相手の質問にはノータイムで答えるし、その場に合った補足資料が鞄からいくらでも出てくる。自社製品の説明なんてできて当たり前なんだけど、この当たり前ができない営業マンって結構多い気がする。研修の講師できてくれた商品開発部の人ですら、私達からの質問に答えるまでに時間を要する場面もあったし。
そして何より、「YAMAKAWA」製品が心から好きで、本当におすすめしたいって感じが強く出ていた。あと、会社にとってあまり必要ない製品に横井さんが興味を
持った時に、きっぱりとおすすめできないって言ってたのも信頼感アップに繋がった気がする。
でも頑なに訪問時間を守ろうとした行動には大分思うところがあったな……。
まぁとりあえず田中課長と私は無事商談を終えることができた。
しかも結果は上々。まぁ上々なんて何もしていない私が言うのもおこがましいったらありゃしないんだけどね。
うーん……。これだけ仕事ができれば、訪問前に垣間見えた真面目すぎるがゆえの変人さは帳消しにでるのだろうか?どうなんだろうか?
私がうんうんと1人唸っていると、前方を見たままの課長が口を開いた。
「浜川さん。先程はお疲れ様でした。名刺の渡し方も合ってましたし、必要に応じてメモを取るなど、素晴らしかったですね」
「え?は、はい。ありがとうございます!」
ちょ、今まであんまり喋らなかったのに、急に褒めるやん。
(うん。田中課長はいい人だ)
心の中で田中課長への印象をころっと改めている内に、車は会社までにもうすぐという所まで来ていた。
周囲が完全に見覚えのある風景に変わった頃、車内に突然着信音が響いた。
「ん?電話のようですね」
田中課長はちらっとカーナビの画面を見る。
ハンズフリー設定になっているので、画面に着信相手が表示されるのだ。
なかなか電話にでない。どうしたのだろう?と思っていると。
「浜川さん申し訳ございません。少し電話が長くなりそうなお相手ですので、コンビニに車を止めてもよろしいですか?」
「え?は、はい!もちろんです!」
ちょうどタイミングよくコンビニの前を通り過ぎるところで、課長はサイドミラーで歩行者の有無を確認、目視でもう一度再確認し、駐車場へと入った。
『前向駐車』の看板に忠実に従い、車を停める。
「大変お待たせいたしました。山川製作所の田中でございます」
すぐに課長は携帯で電話を始めるのであった。
……暇になった。
めちゃくちゃ会話を聞いている感じを出すわけにもいかないし、かといって携帯を取り出して見るわけにもいかない。
手持ち無沙汰に外の景色に目を移したところで、私はあることに気がつく。
(げ!?ここってめちゃくちゃ注意してくる名物店長がいるコンビニじゃん!)
そう、このコンビニは今どき珍しく、立ち読みをしている客やコンビニ前でたむろしている学生など、迷惑行為をする客に対して容赦なく注意を行う名物店長がいるのだ。隙きあらば注意って感じの店長。
会社から近いこともあって研修中も利用する同期たちが多かった為か、結構話題に上がっていた気がする。
従業員に声をかけることなくトイレを利用した同期は、出てきた瞬間店長に捕まり
「利用の際はひと声かけろって書いてあるよな?なんで守らないんだ?」と30分程捕まったことがあるらしい。可哀想に……。
店長の特徴は確か……、ガタイの良いスキンヘッドに髭を生やしたおじさんで、ぶっとい首から金色のネックレスをジャラジャラ下げているとか言っていたような……。
(……あ)
いた。
というか店の入口前に出てこっち見てない?
いや、完全にこの車を見てる!なに!?なんで!?
私が1人で狼狽えていると、店長はこちらに歩き始めた。
課長はまだ電話中で気づいていないようだが、目線を一切外すことなくズンズンこちらに向かってくる。
遠目でも威圧感がすげぇ!てか、コンビニの制服の上にどこかのバスケットボールチームのユニフォーム重ね着すんなよ!
にしても理由はなんだ?駐車するだけしてお店に来ないから?
いやいや、電話をしている課長の姿は見えているはず。終わり次第行く可能性もあるし、さすがに今の時点で注意はしてこないでしょ。
私は急いで辺りを見回す。
駐車場壁面の看板に記載された『駐車は20分まで』。
まだ来てから5分も経ってないからこれは違う。
『前向駐車』のサインにも忠実に従っている。
なんだ!?どれだ!?
ふと、慌ふためく私の視界にある文字が飛び込んできた。
『アイドリングストップにご協力ください』
これだぁぁぁぁっっっっ!!!
課長は車を停めてすぐに電話に出たもんだからエンジンはかかったまま。
「ええ、ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」
私が電撃的に理由を察知したと同時に、田中課長の電話が終わった。
やばい!店長がもうすぐそこまで来てる!時間がない!
「課長!すぐにエンジンを切ってください!!」
なりふり構わない私の主張にさすがの課長も驚いたようで、少しばかり目を見開き、こちらを見てくる。
「浜川さん急にどうしたのですか?この車のエンジンのことですか?」
「ですです!とにかく早く!!」
車と店長の距離はどんどん狭まってきている。
ぶっちゃけ今更エンジンを切ったところでどうなんだ?とも思わなくともないが、どう考えったって、かけっぱなしよりはよっぽど良い。
拳を握りしめ懇願する私を見て、田中課長はなぜか笑い始めた。
「か、課長?」
「ははは、浜川さん。ルール違反はいけません。あちらを御覧ください。『アイドリングストップにご協力ください』と記載されているではありませんか」
……ん?
「え、ええ。ですから、早くエンジンを切らないと……」
「何を言っているのですか?記載されている以上『アイドリングストップ』には協力いたしませんと」
……うーん?何言ってんだこいつ?
「コンビニに限らず、私はこちらの看板があるお店ではアイドリングしたまま駐車するようにしています」
「いやいや!アイドリングストップって書いてあるじゃないですか!アイドリングをストップしないと!!」
必死な私を見て課長はまだ笑っている。腹立つな!!
ただ次の瞬間、私は課長の口から衝撃的な言葉を聞いてしまった。
「いいですか浜川さん。ストップ、これは車を駐車場に止めることです。アイドリングストップとは、アイドリングしたまま止める、つまり駐車するということです。ここでエンジンを切ってしまっては『アイドリングストップのストップにご協力ください』になってしまいますよ?」
「……」
……こいつまじか。
ストップって停めるって意味もあんの?え?
いやいや、アイドリングストップの意味なんて常識的にわかるでしょ!!
ルールに厳格な人が根本を間違えてるなんて、これ以上面倒くさいことねぇな!!
いっそのこと無理やりエンジンを止めてしまおうかと思い始めた頃、ついに恐れていたその時が来てしまった。
コンコン
店長様1名、ご到着です……。
眼光の鋭いおじさんが、課長側の窓をノックしている。こえぇぇ……。
すぐに気づいた課長は窓を開けた。
ついに私達と店長の間に隔てるものがなくなってしまった時、なぜか店長はパッと破顔する。
「アイドリングストップにご協力いただき、ありがとうございます」
「ははは、当然のことをしたまでですよ」
「お前もかい!!!」
私の悲痛な叫びは、会社で働く皆ともとまで届いたとか届いていないとか。
<END>
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