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【短編小説】K地区にて③|『あれ』

最悪の日だった。

午前の配達では『あれ』の存在は全然気にならなかった。いつも通りのK地区だった。
会社で昼休憩をとって、三時過ぎに再びK地区へ向かった。

一軒目の配達から、異変に気づいた。
『あれ』が大量発生していた。
俺はおぞましい光景を見てすぐにマスクをし、ヘルメットのシールドを下ろした。
油断していると、『あれ』は目の中や口の中に入ってくる。それだけは石にかじりついてでも避けたかった。

バイクに乗りアクセルを回すと、およそ数十の『あれ』が次々とシールドにぶつかる。
次の配達先に止まると、俺の体にも何匹か引っ付いていた。
やはり『あれ』は、K地区全体にいるようだ。

しばらく配達を続けていると、あることに気づいた。
身に付けていた軍手、バイクのシート、配達物に『あれ』の血がついていた。
『あれ』はとても脆いので、すぐに潰れてしまうからこうなったのだろう。
俺は携帯していたティッシュで、すべての血を拭き取った。

最悪だったのは、このあとだ。
田んぼに囲まれた長い農道を抜け、K地区の中では比較的家が集まっている区画に向かう途中だった。
突然、パラパラパラ、パラパラパラパラ、と雨が降ったような音が聞こえた。
今日は一日晴れで、今も当然雨など降っていないのに、だ。
数秒考えて、『あれ』が俺のウインドブレーカーに当たって鳴っている音だと気づいたが、頭の中でその場面を想像しただけで気分が悪くなり、直視できなかった。

開けた場所でバイクを止めると、俺の体の至るところに張り付いていたであろう『あれ』が一斉に飛び立っていった。
残りの『あれ』もなるべく潰さないように手で払った。

『あれ』は日の当たる所にしかいない。
日陰にはまずいない。
夕方になり、あたりはすっぽり影に包まれた。
俺は気を取り直して配達を続けた。

家に帰る前に、ロッカーで念入りに体や制服をチェックしながら着替えた。
同僚には不思議そうな視線を向けられたが、仕方ない。
『あれ』は何としても家に連れて行く訳にはいかないから。一匹たりとも。絶対に。

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