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【短編小説】K地区にて①|蜘蛛の巣

蜘蛛の巣

この仕事は体力的にも精神的にもキツいから、あの日もかなり疲れていたんだと思う。

だからあの日見たモノは気のせいだと思っている。
家族に話そうとも思ったが、馬鹿らしくなってやめた。どうせ信じてくれないから。

とはいえ、もやもやした気持ちを持ったままなのも嫌だし、ここに吐き出すことにした。



バイクを使った配達の仕事をしているんだが、その日はいつも通り田舎の地区の担当だった。住宅地もあるにはあるが、田んぼと畑だらけでやたらと距離を走る地区だ。
しかも町場と違って郵便受けまでたどり着くのが遠い。お客さんの家が林や砂利道の先にあるのは当たり前だ。
山と川が近いこともあって虫や蛇も多い。蜘蛛の巣が顔に掛かるなんてこともよくある。


その家には郵便受けが無いので、手紙を玄関に直接挟まなければならなかった。
車一台通れるかの狭い雑木林を抜けようとしたとき、頭上に大きな蜘蛛の巣があることに気づいた。巣の中心にはディナーとばかりに何かの虫?みたいなものがぐるぐる巻きになっていた。
田舎じゃよくある光景だし、けっこう上のほうにあったから、そのときは気にしないで通り過ぎた。

玄関先に直接手紙を挟み、またバイクに乗って次の家へ向かおうとした。
そのときに(そういえばさっき蜘蛛の巣があったな。他にもあるかもしれないし、引っ掛からないように気をつけよう)なんて考えてた。

雑木林の少し手前でスピードを緩めると、さっきのでかい蜘蛛の巣が目に入った。
俺はぎょっとして、持っていた手紙を落としそうになった。

角度的なものなのか、意識が配達先に向いていたからなのかはわからないが、さっき通った時には気づかなかった。

蜘蛛の巣の中心にある、ぐるぐる巻きにされたモノから人の足のようなモノが突き出していた。
靴やくつ下などは無く、むき出しのように見える。
反射的にバイクを止め、首を上げてもう一度じっと見てみる。
——うん、間違いない。人の足だ。アクセルを握る右手に力が入る。

(いやいや、人形かもしれないし、そもそもあんなちっちゃい人間なんかいないし。ていうか配達いそがしいからさっさと次の家に行かないと)
頭の中の混乱を目の前の労働が強引に引き戻す。
アクセルをいつもより強めに回し、その場を通り過ぎることにした。

二メートルほど離れたところで、やはり気になってしまい、サイドミラーで蜘蛛の巣を見た。
どうやら巣の主が帰還し、ディナーにありつこうとしていたところだった。

持っていた手紙を落とさなくてほんとうに良かった。


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