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【コラム】伊藤久三郎の抽象―《作品 N621》、《Moraine》【5月25日開催オークションより】

こんにちは。
新緑が目に鮮やかな季節となりました。
先月の西洋美術、BAGS/JEWELLERY&WATCHESオークションにご参加くださった皆様、誠にありがとうございました。

さて、今週25日(土)は近代美術/近代美術PartⅡ/Contemporary Art/Watch オークションを開催いたします。
皆様は、伊藤久三郎という画家をご存じでしょうか。
日本のシュルレアリスムを代表する画家の一人、あるいは抽象絵画の先駆的な存在としてご記憶されている方もいらっしゃるかもしれません。海外を含め、オークションではあまり見かけることがなく、当社のオークションに出品されるのもなんと24年ぶりとなります。
今回は伊藤の抽象絵画が2点出品されますので、ご紹介いたします。

伊藤久三郎(1906-1977)は京都市に生まれ、京都市立美術工芸学校予科から京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)へ進み、10年間にわたり日本画を学びました。卒業後は前衛的な油彩画を描くことを志向し、上京。一九三〇年協会洋画研究所(後の独立美術協会)に入所し、第16回二科展にフォーヴィスムの影響を示した作品を出品し、初入選します。1933年頃からはシュルレアリスムの夢幻的な作風に転じ、二科会内に結成された前衛画家たちのグループ、九室会に参加。吉原治良や山口長男とともに日本の前衛芸術をリードする存在となりました。戦時下の1944年には京都に拠点を移し、終戦後は行動美術協会に参加します。この頃より抽象絵画に取り組み、1957年には第4回サンパウロ・ビエンナーレに出品し、抽象表現の世界的な流行の中で活躍しました。1960年代からは絵具を厚く盛り、引っ掻き、穴を開けるなどの実験的な表現やグラフィカルな作品を展開し、画業を通して新しい芸術を追求し続けました。

 202 《作品 N621》
145.4×112.4cm(額装サイズ146.7×113.5cm)
キャンバス・油彩 額装
1962年作
右下にサイン・年代
裏木枠に署名
「第17回行動美術展」(1962年/東京都美術館)出品
「伊藤久三郎―透明なる叙情と幻想展」1995年(財団法人品川文化振興財団O美術館)出品
落札予想価格 ¥300,000~¥400,000


203 《Moraine》
144.7×112.0cm(額装サイズ146.2×113.5cm)
キャンバス・油彩 額装
1967年作
左下にサイン・年代
裏木枠に署名・タイトル
『伊藤久三郎画集』(1980年/成安女子短期大学総合芸術研究所)№147
落札予想価格 ¥200,000~¥300,000

伊藤はシュルレアリスムや抽象絵画などの多様な画風を展開し、先駆的な前衛画家の一人として独特の存在感を放ちました。その作品は「夢で見た世界」や「偶然に思いついたアイデア」註1)をもとに、欧米の現代美術に関する豊富な知見を生かした理知的な画面構成と豊かな詩情によって造形化されたものです。

本オークションの出品作品、LOT.202《作品 N621》とLOT.203《Moraine》は、ますます多様性に富んだ作風が示された円熟期の作品です。
1962年作のLOT.202は、同年に開催された第17回行動展の出品作。毛羽立つようなざらついた赤の絵具と厚く盛り上げられた黒い点の集合により触覚的なマチエールが形成されています。そのマットな質感の中に散見される艶が生々しさを感じさせ、赤と黒の深層にあたかも何かが蠢いているかのようです。

そして、1967年に制作されたLOT.203には、氷河によって運ばれた岩石、砂などの堆積物を意味する《Moraine》というタイトルがつけられています。四角形とそれを囲む枠の構成の中に、綿棒のような白い線が立体的でリズミカルに表されており、それらの歪みのあるフォルムとLOT.202同様のざらついたマチエールは、伊藤芸術独特のユーモアやあたたかみを感じさせます。「夢で見た世界」註2)を様々なイメージや記号と結びつけて統一的な絵画空間を構成するという伊藤の制作過程をうかがわせる作品と言えます註3)。


ぜひ下見会場で実際の作品をご覧ください。
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※下見会・オークション会場は、千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1Fとなります。
 24、25日は下見会を開催しておりませんので、ご注意ください。

また、近代美術オークションでは、速水御舟、前田青邨、日本画の五山(東山魁夷・杉山寧・髙山辰雄・加山又造・平山郁夫)、黒田清輝、坂本繁二郎、国吉康雄、梅原龍三郎、ジョルジュ・ルオー、ピエール=オーギュスト・ルノワールなどの作品が出品されます。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

註1)「伊藤久三郎エスキス展」京都新聞 1971年8月27日
註2)前掲註1
註3)乾由明「伊藤久三郎の芸術」『伊藤久三郎画集』成安女子短期大学綜合芸術研究所 1980年

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