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人間×人外の結婚 日本では古典から存在した(『日本霊異記』 中編)

この記事では『日本霊異記』上巻 第二話 「狐を妻として子をうましめし縁(狐を妻にして子を産ませた話)」を読み味わいます。その前に、人間が人間以外の者と婚姻する異類婚姻譚(いるいこんいんたん)について解説を加えることにします。

『日本霊異記』についての解説は下記記事をご覧下さい。


1, 異類婚姻譚とは

  異類婚姻譚とは民俗学(民族学ではありません)の用語で、人間が人間以外のもの〈異類〉と婚姻の契りを結ぶ説話の型ことをいい、世界各地の神話・伝説・昔話などで頻繁に用いられます。小野寛、櫻井満編『上代文学研究事典』(おうふう、1996年5月25日)の整理によると、異類婚姻譚は四つのパターンに分類できるとします。

 

(1)この世における人間の男と異類の女の婚姻

(2)他界・異界における人間の男と異類の女の婚姻

(3)この世における人間の女と異類の男との婚姻

(4)他界・異界における人間の女と異類の男との婚姻

 

なぜこのような虚構において異類の婚姻が描かれるかというと、ひとつには人間と異類の婚姻によって強化される呪力を描き出すという目的がある場合(例:『古事記』上巻:天孫とワニ(鮫)との婚姻)や、あるいは異類の呪力に人間が敗北するという場合(『古事記』中巻垂仁天皇条:皇族と蛇の婚姻の破綻)などがあります。

その際に異類との婚姻がいかなる場所において成立するかも重要な要素で、そこにはこの世の文化的人間と自然との交錯や、異界の神秘性がこの世の地上にもたらされることを物語る場合があります。異類婚姻譚はほとんどの場合、相手が異類と判った時点で異類に「恥をかかせた」ことによって破綻してしまいます。ですが異類との間に生まれた子の側に力点を置くタイプの説話の場合は、生まれた子の実在性の由来譚として機能することもあります。

 

2,『日本霊異記』上巻 第二話(狐を妻にして子を産ませた話)

前置きが長くなりましたが、ここで『日本霊異記』上巻 第二話「狐を妻として子をうましめし縁」を現代語訳で読むことにしたいと思います。

時は欽明天皇の御代、美濃の国(現在の岐阜県)は大乃郡(おほののこほり)に住んでいた男が妻を探しに道を行くと広野のうちに美しい女性を見かけました。男は愛情の思いを起こし、目くばせをして求愛して「お嬢さん、どこにおいでになるのですか?」と尋ねると、その女性は「良縁を得ようとしてお婿さんを探しに参りました」と答えました。そこで男の方は「私の妻になりませんか」と求婚すると、女の方は「そうします」と答えて、一緒に住むこととなりました。それから間もなくして女は男の子を産みました。

またその十二月十五日にその家の飼い犬が子犬を産みました。その子犬はその家の家室(いえのとじ、刀自〈とじ〉:刀自とは敬意をこめた主婦の尊称)に向かってただならぬ気色で吠え立ててにらみつけました。刀自はびっくりなさって夫に「この犬を殺しなさい」と言った。とはいえ、家長の夫は子犬がかわいそうに思い、刀自にそうおっしゃって殺しませんでした。

春になって二月か三月あたりのころ、刀自はその家の稲つき女たちに間食を準備し踏み臼小屋に入っていくと、親犬が刀自に噛みつこうとして追い掛け回し、吠えつくと、刀自はびっくりなさって、正体を現して狐の姿に変身して安全な場所に逃げ延びました。

それを見た夫は

あなたとわたしとの間には子供まである仲ですから、(たとえ正体がきつねであっても)わたしはあなたのことを忘れたりはしません。いつでも家にやってきて一緒に仲睦まじく寝ましょう

とおっしゃいました。それゆえに刀自だった狐はその言葉をいつまでも覚えて、来て寝た。

それゆえにこの女を「支都禰(きつね)」と名付けることになったのです。ある時、その刀自は裾を紅に染め上げた裳(スカートのような古代の女性の着物)を着けて、上品な様子で現れ、裳裾をひきずりながらどこかへと去っていきました。夫はその妻の美しさを想って、

 

恋は皆 我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて 去にし子ゆゑに(恋というものは、まるで私にだけ落ちてきたようなものだ。わずかな間だけ現れて、去っていったあのかわいい娘のせいで、わたしは恋焦がれている気持ちです。)。

 

と歌いました。

この二人の間の子供はとても力が強く、「狐の直(きつねのあたえ)」と名付けられました。美濃の国の「狐の直」の姓はこのようにして始まったのでした。

 

3,キツネの名前の由来譚として

 この説話はキツネの名称の由来譚として機能しています。キツネと人間のかかわりはこのようにして語られるのです。出逢いを求める人々と「きつね」の関わりは、平安京でも稲荷信仰が広まるなかで維持されています。お稲荷さんといえば「きつね」が代名詞と言えます。別稿ではお稲荷さんの謎を探ってきたいと思います。

 

【参考文献】

・中田祝夫、日本古典文学全集『日本霊異記』小学館、昭和50年11月30日

・小野寛、櫻井満編『上代文学研究事典』おうふう、1996年5月25日

・大久間喜一郎、乾克己『上代説話事典』雄山閣、平成五年五月五日

執筆者プロフィール:

筆名は枯野屋(からのや)。某大学大学院文学研究科博士課程後期に在籍中。日本思想史を専攻。noteにてオンライン読書会の国文・日本思想史系研究会「枯野屋塾」を主催しています。( https://note.com/philology_japan )。

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