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【ショートショート】当て逃げ

ガシャーン

しまった!!やっちまった!!

男は車を少しバックさせ、相手の赤い車を見た。

誰も乗ってない
この家の住人の車だろうか
ってか完全に路駐だろ、これ

ぐるりと周りを見渡し、見ていた人がいないか確認する。とりあえずいないようだ。
防犯カメラは大丈夫だろうか。駐車場外の場所でこんな端の方までは写しているものも無さそうだ。
このまま逃げてもバレなさそうだ。住人も気付いてなさそうだし。次の配達先に遅れるわけにもいかないからな。
幸いこのトラックは古くて傷やらへこみやらたくさんあるからシラをきるのも可能だろう。
ドライブレコーダーの映像は消してしまえばト証拠も残らない。
だいたい路駐してるヤツが悪いんだろ
むしろ俺の方が被害者だ

男はトラック運転手。週に一度配達に訪れる病院の駐車場。配達を終え、次の配達先に向かおうと駐車場を出たところにその赤い車はあった。細い一方通行の道でそれほど大きくない男のトラックでも気を使わなければいけない道だった。動揺しながらも男はその場を去った。

一週間後、同じ病院へ配達に訪れると、赤い車の持ち主と思われる女が近所の主婦と立ち話をしていた。バレていないか心配だった男は荷物を下ろすフリをしつつ、聞き耳をたてた。

「車、最近ないけどどうしたの?」
「当て逃げされた、今修理中」
「酷いの?」
「病院に来てるトラックが相手みたいでまともに戦っても勝ち目はないから20万くらいかかるらしい」
「えーっ、大変だね。相手は分かってるの?」
「わかんない」
「警察には?」
「届けてない。前にも同じことあったけど、絶対見つかんないもん」
「そっかー」

男はホッと胸を撫で下ろした。
誰も見てないし、トラックってことだけでバレてはないようだ。ここの病院にはたくさんのトラックがいろんな配達してるから絞るのは難しいだろう。警察にも届けてないなら分かりっこない。ただ、次の言葉に男は少し引っ掛かるものを感じた。

「ただね、私呪いかけられるんだ。なーんてね」
「何それ」
「相手わからないけど、念じるの。この怒り届けーって」
「えーっ、すごい。で効果は?」
「あはは、わかんない」
「届いて相手が不幸になるとか?」
「だと嬉しいけどね。そういえばこの前ね」
女たちの話は別の話へとそれていった。

不幸?馬鹿らしい
俺はそんなもの信じないし、バレてなければそれでいい
バレたら会社にも報告しなければいけないし、何かしらの処分があることになるからな
ドライブレコーダーの映像はちゃんと消した
トラックは頑丈だから大きな傷やへこみはない
何とか逃げ切れたようだ

男は次の配達先へと向かった。田舎の片側一車線の田んぼの中の道路だ。すれ違う車もほとんどいない。市の境にある一級河川の橋を渡ったら次の目的地だ。と、その橋に差し掛かった時、正面から猛スピードで赤い車が迫って来た。男は慌ててハンドルを切った。衝突は免れたが、男のトラックは欄干を突き破って川へ落ちていった。そして男は意識を失った。

男が気づいたのは病院のベッドの上だった。
「あっ、目が覚めた?」
看護師に声をかけられた。
「もう10日も意識が戻らなかったのよ。あなた事故を起こしたことは覚えてる?」
俺は事故を起こしたのか。記憶をたどる。赤い車だ。相手の車はどうなったのか。俺のトラックは?いろいろな疑問が頭の中を駆け巡る。しかし頭は徐々にはっきりしてきたのに身体の感覚が全くない。看護師に呼ばれて主治医がやって来た。
「意識が戻ったようですね。どこか痛いところはありますか?」
痛いところはない。体は包帯が巻かれたり数々の管に繋がれたりしている。
「落ち着いて聞いてください。あなたは事故の影響で首から下の機能が麻痺しています。リハビリはしますが治る見込みはないと思ってください。」
男は驚いた。俺のこれからの人生は首から下が動かないまま生きていかなければいけないのか。絶望だ。しかしこの状態では誰かの助けがなければ生きていけない。もう仕事もできない。どうしてこんなことになってしまったのか。
そして驚いたことがもう一つ。事故を起こした時のドライブレコーダーで俺は周囲に車や歩行者がいないにもかかわらず、突然「危ない」と叫んで急ハンドルを切っていたそうだ。
「何があったんですか?」
警察や会社の上司にそう聞かれても男は答えられることは何もなかった。

数日後、男は一般病棟に移った。看護師が
「今日はお天気がいいから少し外の景色を眺めてみる?」
と言って窓の外を見せてくれた。その景色に男は見覚えのある気がした。
ここは俺が配達に来ていた病院だ。事故後この病院に運ばれたのか。
ぼんやりと眺める視界の中に赤い車があった。
あの車は…。
男がトラックでぶつけた車だった。修理されたようで凹んだはずの所は綺麗になっていた。

俺は呪いなんて信じないけどな。

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