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ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則5章 単純明快な戦略

第5章 単純明快な戦略

ハリネズミの概念

 「キツネはたくさんのことを知っているが、ハリネズミはたった一つ、肝心かなめの点を知っている」。古代ギリシャの寓話には、キツネのほうがはるかに知恵があるにもかかわらず、勝つのはいつも同じ戦法をとるハリネズミが描かれている。
 アイザイア・バーリンは随筆「ハリネズミとキツネ」で、世の中ではハリネズミ型の人とキツネ型の人に分類した。キツネ型の人はいくつもの目標を同時に追求し、複雑な世界を複雑なものとして捉えようとしている。対してハリネズミ型の人たちは、複雑な世界を基本原理、基本概念によって単純化して捉えようとしている。世界がどれほど複雑であっても、単純なハリネズミの概念に関係しない点は注目しようとしない。相対性理論のE=mc²ほど単純な公式があるだろうか。無意識をイド、自我、超自我で説明することほど単純な考えがありうるだろうか。アダム・スミスの「神の見えざる手」ほど簡潔な説明があるだろうか。
 ハリネズミ型の人たちは、複雑さの奥にある基本パターンを把握できるので本質を見抜き、本質以外の点を無視することができる。

三つの円


ハリネズミの概念と三つの円

 この概念が生まれたのは、ある企業の目覚ましい実績の背景を理解しようと議論しているときだった。飛躍した企業と比較対象企業は戦略があったというのは同じだが、「信じがたいほどの単純さ」を判断基準としてすべての決定を下していたのは飛躍した企業に共通していた。
 「三つの円」は戦略策定の基礎であり、三つの円が重なる部分に関する深い理解をすべての活動の指針にすることがハリネズミの概念である。

世界一になれる部分となれない部分

 どの企業も、何らかの点で最高になりたいと願っている。しかし、厳しく現実を見つめ、世界一になれる部分がどこなのかを本当に理解している企業は少ない。
 アボットは創業以来、医薬品事業を主力にしてきたが、最高の医薬品会社になる道はないと判断した後、世界一になれる部分を理解する努力を重ねた。そして、医療のコスト効率を高める製品の開発に可能性を見いだし、病院用の栄養剤と医療コストを引き下げる診断用機器の開発で世界一の企業になる道を歩み始めた。他方、比較対象企業は厳しい現実を直視せず、大手製薬会社に追いつき、追い越す夢を追い続けた。
 数学で常に最高の成績をおさめる学生が大学に進学し、自分よりはるかに数学の才能に恵まれている者を見て言った、「自分はこの問題を三時間かけて解くが、同じ問題を30分で解く生徒がいる。脳の構造が違うのだ。自分は優秀な数学者にはなれるかもしれないが、最高になれないことにすぐに気がついた」。この学生は両親や友人から「でも素晴らしい成績じゃないか」と数学を続けるように言われ続けるかもしれない。こうして、望みの水準を達成する可能性のない仕事に押し込められる人が多い。
 この「能力の罠」にとらわれてしまう人は実際多い。世界一になれる部分で要求される基準は極めて高いのだ。強みや能力を生かすだけでは到達できないレベルにある。自分の組織がほんとうに世界一になれる潜在能力を持っている部分がどこにあるかを理解することは時間もかかるし困難な仕事になる。良好であることは最高になれることを保証しない。どこにも負けない事業になりうる部分にだけ注目できるかが、偉大な企業への唯一の道となる。

経済的原動力は何か

 飛躍した企業は、何とも地味な産業で目ざましい実績をあげている場合が多く、その産業がどのような状態にあっても、経済的原動力を信じられないほど強めている。理由は事業の経済的な現実を深く理解しているからである。では、深く理解するとはどういうことだろうか。それは、財務のどの指標を長期にわたって一貫して上昇させれば経済的原動力に大きな影響を与えらえるかを理解していることである。
 ウォルグリーンズは、一店舗あたり利益など、通常使われている財務指標を捨て、来客一人あたり利益に焦点を当てた。ウェルズ・ファーゴは、貸出一軒あたり利益、預金一軒あたり利益などを捨て、新たに従業員一人あたり利益を採用し、簡素な支店とATMを中心とするものに変更していった。
 指標に何を選ぶかという問いに答えるためには、自社の経済的原動力を強化するカギを熱心な議論と論争から深く理解しないわけにはいかないのである。

情熱を理解する

 情熱のようにとらえどころのないものを、戦略の枠組みの中の不可欠な要素の一つとして論じるのは場違いに思えるかもしれない。しかし、飛躍した企業ではいずれも、情熱、それも強烈な情熱が確かに存在するのである。
 フィリップ・モリスのワイスマンは仕事について、結婚の時以外では、人生でいちばん熱烈な恋愛だったと話している。あるジャーナリストは、ジレットのCEOについて「ザイエンなら髭剃り用品について語るとき、航空会社のボーイングやヒューズの技術者ならこうするだろうと、航空機製造と髭剃り刃製造を同列の技術として、その話に夢中になるだろう」と語っている。

ハリネズミの概念の確立

ハリネズミの概念の確立 反復の過程

 ハリネズミの概念を獲得するためには、評議会をつくって、正しい問いを立て、活発に議論し、決定をくだし、結果を分解して学ぶ。加速するには、サイクルの回転を早くする、回転数を増やすだけである。
 評議会とは、組織が直面する重要な点を理解するための組織である。参加者は、理解を得るために議論することができる。しかし、全会一致を追求しない。理由は、全会一致の決定が賢明な決定でないことをしばしば認識しているからである。最終決定の責任は、指導的な立場にある経営幹部が負う。
 どの組織もハリネズミの概念を見つけ出すことができるのだろうか。厳しい現実を誠実に見つめた結果、世界一といえる点はどこにもないし、これまでもなかったとの結論に達したとすれば、どうしたらよいのか。
 今回の調査で明らかになったのは、飛躍した企業の半数以上は、世界一だといえる点はどこにもなかったし、見込みもなかった。しかし、どの企業もストックデールの逆説を信じて、こう考えた。「世界一になれる点がどこかにあるはずだ。それをきっと探し出して見せる」

事実の認識

 「この点で世界一になれる」は、空が青い、草が緑だ、というのと変わらない事実の確認である。ハリネズミの概念を獲得したとき生まれるのは、事実をつかめたという静かな感動であり、事実の認識である。
 モーツァルトのピアノ協奏曲の緩徐楽章で、満員の聴衆が静まり返るなか、最後の鮮明な単音が完璧に響いたようなものだ。ほとんど何も語る必要はない。真実が静かにすべてを語ってくれる。

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