不器用な先生 728
キッチンに夕飯の用意がすでにできていて、食卓にはカキフライが観えていた。そしてこれは彩と環の好物だった。二人はぼくも好物だと思っているらしいから、こう言っておいた。
「美味しいそうだね、二人で作ったんだ?」
彩が頭をふった。
「環が一人で作ったのよ」
「そうなんだ、環もこんな難しいものが作れるようになったんだ!」
驚きながらも感心して、しばらくを環を見つめていた。
ぼくの表情が面白かったのだろうか、環が打ち明けるように言った。
「小麦粉を溶かすところから、ママが話すことを忠実に守っただけなんだけど…」
だが彩がこう付け加えた。
「わたしが手出しすること、ひとつもなかった。ほんとうに!」
食べ始めてみるとカキフライの衣から、カリッって音が聞こえくるような錯覚を感じていた。たしかに彩が作ったものに似ているが、少し揚げるのに手間取ったのかもしれない。これはこれでぼくにとっては御馳走に違いなかった。
食事をしながら環が言っていた。
「明日で荒川先生の授業は、終わりなんだよね。最後はレポートを書かなければいけいってことだけど、わたしたちが書いてるときに、パパは… 先生はどうしているの?」
彩が笑って言った。
「十分もしないうちに、姿を消してしまうはずだと思うけど」
たしかに彩を教えていたときは、そうだった。最初は教壇の傍の椅子に座ってノートを読んでいたけれど、学生たちが書き辛そうにしてるのを見て、教室を抜け出してしまったのだった。
「じゃあ、みんなで相談しながらでも書くこともできるね」
「ええ、できるけどみんなと同じことを書いちゃ駄目だからね」
そういえば彩のクラスにも、まったく同じこと書いたものがいくつかあった。それでもぼくは構わなかった。あの頃のぼくは、みんなが書いてくれたこと、それだけが嬉しくてならなかったのだから。
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