兌換紙幣から不換紙幣へ、そして「腐るお金」へ

難しいのは承知してるのだけど、「お金」のシステム、もうちょっと変えないといけないんじゃないかなあ、と思う。今のお金のシステム、経済成長しないと辻褄が合わなくなるという制度的欠点がある。これ以上人類の経済活動が成長したら地球が壊れてしまうかもしれないのに。

一万円は、一年経っても一万円。十年経っても一万円。それで買えるものは減るかもしれない(商品の物価が上がって)けれど、とりあえず一万円という額面は全く変化ない。お札がボロボロになっても一万円。額面が減ずることはない。これは、この世にあるものの中でも特異な性質。

この世のものはすべて腐っていく。壊れていく。朽ちていく。形あるものすべて壊れる、といわれるように、すべては劣化していく。ところがお金はそうではない。額面がちっとも変化しない。劣化しない。この不思議な、おかしな性質が、人類の活動をおかしな方向に誘導している。

しかもお金は「増える」という、さらにおかしな性質がある。銀行は預金者からお金を預かり、それを企業などに貸し出して、利息を稼ぐ商売。このとき、おかしなことが起きる。預金者から預かったお金の総額よりもっと大きな金額のお金を企業に貸し出す。いやいや、おかしいよね。ないはずのお金が湧く。

預金者は、めったなことで預金を全額下ろすということはない。預金者が多ければ多いほど、預金が下ろされるとしてもそれはわずかで、ほとんどの預金は銀行に預けられたまま。
で、銀行はたくさんの預金があるフリして、企業にお金を貸す。預金の何倍もの金額を。

すると、預金者が銀行に預けた預金額の合計の何倍ものお金が、企業に貸し出される形で、市中に流れ込むことになる。もとのお金の何倍もの量になって。このおかしな現象を「信用創造」という。
お金は腐りもしなくて減りもしないどころか、何倍にも増える。増えたお金も額面減らない。不思議。

しかも、企業に貸し出されたお金は利息をつけて銀行に返さなきゃいけない。「信用創造」で何倍にも増えたお金にさらに利息をつけて。ということは、企業は、利益を上げるためには利息を返す以上の成長をしなければ辻褄が合わなくなる。企業は、利息率以上の成長を強いられる。

こうしてどの企業も成長しようとする。去年よりもさらに売上を伸ばそうとする。だってそうしないと銀行に利息を払えないから。払えなければ倒産だから、必死。
これをどの企業もやるもんだから、国全体が成長しなければならない、ということになる。国の経済成長は必須、と思われてるのはそのため。

しかし経済成長するということは、人類の活動がますます活発になるということ。それは、ともすれば資源やエネルギーの消費をますます増やさねば、となることを意味する。そして実際、人類はますます活動を強め、経済成長してきた。お金が腐らず、増えてく一方という性質に釣られて。

この仕組みは、大航海時代を経てヨーロッパが世界中に交易に行き、人類の活動をますます盛んにさせた時、イングランド銀行が「信用創造」を始めたりして、確立された。産業革命には石炭燃やしたエネルギーで成長することを覚え、石油で自動車とか動かして、人類の活動は頂点に。

人類の活動がまだショボくて、成長する余地がたくさんあったときは、この成長し続ける物語がうまくいった。お金が腐らず、増える一方という性質も、人類の活動が大きくなり続けるという時代に非常にマッチしていた。お金が腐らないし増えるから人類は活動を増やし、人類が活動増やすからお金も増えた。

そうした、ここ400年ほど続いてきたシステムでは、地球が保たなくなっている。人類の経済活動がこれ以上増えると、人類の生きていけない星になるかもしれない、というジレンマに立たされている。400年間正しく機能したお金のシステムのせいで、人類は滅亡するかも、という危険性が見えてきた。

ちょっと明るいニュースもある。ネットの登場。GAFAと呼ばれるネット企業は、今までのものづくりの企業と違って、この世の物質で作られた実体がない(乏しい)。ネット上の電子的情報という、実体かあるのかどうかよくわからないもので儲けてる。

「電子活動」は、いくら増やしても資源やエネルギーの消費はそんなに増やさなくても大儲けできるかもしれない。ネット上のバーチャル(仮想空間)な電子的情報で金儲けができるなら、いくら経済成長しても、それは電子情報が増えるだけで済み、地球に負担かからないようにできるかも。

ただ、安易には考えられない。ビットコインは、「採掘」とかいって、大量のコンピューターをフルパワーで動かして計算させるとビットコインがゲットできるとして、ものすごく大量の電気を消耗する。バーチャルだからエネルギーや資源を無駄遣いしない、とは限らない。

人類の活動のかなりがネット上のバーチャルなものになっていき、それらが省エネで省資源なサービスになっていくのなら、人類は経済成長しつづけても、電子情報の書き換えだけで済むから、地球にあまり負荷をかけずに済むのかもしれない。

ただ、どうもお金が腐らず、増え続けるという性質を持つために、人類は常に「もっともっと」と、活動を大きくするよう追い立てられる。たとえネット上のバーチャルな活動であろうと、たとえばYouTuberが日々必死に飽きられないように工夫し続けてることを考えると、なんとゆとりのないことだろう。

「お金が腐らないどころか増え続けるのおかしいんちゃう?」と考えたのが、フレデリック・ソディ。変わった人で、原子核だかなんだかの発見でノーベル化学賞を受賞した、生粋の物理学者(化学者)。ところが受賞後、経済学の研究にのめり込む。お金が、この世の物理の法則からかけ離れているから。

この世にあるものは、すべて「腐る」(劣化する)。形あるものすべてが壊れる、ということを、物理の法則としてはエントロピーの法則と言ったりするけど、言葉が難しくなるとややこしいからここでは避けとく。ソディは、万物は腐ったり壊れたりするのに、お金が腐らないのはおかしい、と指摘した。

お金が腐らないどころか、増え続ける変な性質があるために、人類は常に経済成長しなければならないと追い立てられる。それが資源やエネルギーの消費を増やし、地球環境に負荷をかけ、いつか人類が住めない星にしてしまうのでは、と懸念した。達見だと思う。

ゲゼルは、「お金を腐らせればいいんじゃね?」と考えた。万物は腐るのに、お金は腐らないから、石油をバンバン燃やして、あたかもエネルギーは無限に増やせまっせ、成長し続けることができまっせ、と言う自己暗示をかけるのをやめられないのでは?だったら、お金を腐らせればええやん、と。

ケインズはこのゲゼルのアイデアについて著作で言及し、将来、人類はマルクスよりもゲゼルから多くのことを学ぶだろう、と予言している。私は、ケインズのこの予言はとても意味深だと考えている。

ケインズは、ゲゼルの「お金を腐らせる」を、別の方法で実現することを企んだ。インフレ。人類の活動が今年も来年も同じくらいだとして、物価が上がったら、それはインフレ。同じ一万円でも買える商品の数が減ってしまう。これはちょうど、お金の価値が減ずる(ちょっと腐る)効果と同じことになる。

ただどうも、インフレによるお金の価値の減少は、ゲゼルの言うお金の腐り方と、人間の心理に与える影響が違うように思う。お金の見た目の額面はちっとも変わらないし、銀行が信用創造てお金を何倍にも増やして貸しよるし、それに利息つけて返さなあかんし。活動をさらに活発化させなきゃ、となる。

現在のお金は、大航海時代から続いてきた、人類の活動がますます活発化するという、ここ400年ほどの人類のありようにはぴったりしていた。しかしどうも、地球環境に負荷をかけないようにするには人類の活動を減らさなきゃ、という時代には、どうにも相性が悪いシステムに思える。

ゲゼルの「腐るお金」については、実例がある。「ヴェルグルの奇跡」と呼ばれてる有名なものなので、検索して読んでみてもらうとよいと思う。
私は、この腐るお金を採用した経済システムに変えた方が、新しい時代の、地球に負荷をかけない経済にはマッチしているように思う。

たとえば、去年はこのくらいの経済活動だったな、という実績を踏まえて、今年の腐るお金の発行量を決める。一万円は、毎月五円ずつ目減りする電子通貨にしたり。翌年、腐って減った分、腐るお金を追加発行する。腐るお金は、手元にとっといてもどんどん目減りしていくので、さっさと使おうとする。

みんな、腐るお金みたいな「悪貨」は手元に置きたくないから、さっさと使って手放そうとする。すると、国内のお金の巡りは大変よくなり、お金が持つ本来の機能、「食料・エネルギー・商品・サービスと交換できる」という機能が強くなり、国の隅々に行き渡りやすくなるのでは、と思う。

まあでも、「腐るお金」は実現が難しいとは思う。パソコンのキーボード配列は、昔のタイプライターの名残だという。もう手になじんだ配列だから、本当はもっと合理的な配列があるはずなのに、もう今のキーボード配列はやめられない。今の腐らないお金も、標準化されてて、やめづらい。

ただ、腐るお金は、いざ始めてみたらあっさり普及する可能性もある。「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉が示すように、腐るお金はとっといても減るばかりで得がないから、今までの腐らないお金より先に使おうとするかもしれない。腐らないお金は死蔵され、腐るお金ばかり流通するかも。

腐るお金を流通させると、おそらく「経済成長せねば」という呪縛から解き放たれる。お金がどんどん腐って減ってくから、お金を増やしようがない。貯金しても腐ってくから、貯金も意味がない。お金はあったらあっただけ使う、ということになる。貯め込む意味がなくなる。

ゲゼルは、独自のロビンソン・クルーソーの物語を描いている。無人島でどうにか衣服や食料を作れるようになり、ストックも用意できるようになった頃、別の漂流者がたどり着いた。クルーソーは、当面の食料や服を貸す代わり、利息をつけて返せと要求した。すると新参者は意外なことを言った。

「利息なんかつけず、来年、同じ量の食料と服をお返ししてもあなたは得しますよ」と。新参者の説明するには、食料だって服だって、カビたりネズミに食われたりして劣化したり減ったりする。だから、新参者が来年同じ量を返すのでもクルーソーは得なんですよ、と。

お金は、利息でもつけて返してもらわない限り、損をしそうな気がする。これは、お金が腐らないから起きる現象。もしお金が万物と同じように腐ったら、利息なしで同じ金額返してもらうだけでも得になる。

お金はバンバン刷ってバンバン配ったらいいんだよ、というMMTという理論が最近流行ってるけど、これで配るお金が「腐るお金」ならちょっと面白いかもしれない。誰か賢い人、腐るお金の社会システム、設計してみてくれないかなあ。

ケインズは、ゴールド(金)に交換できるよ、とすることでお金の値打ちを保証する金兌換紙幣のシステムから脱却するために、そんな保証一切しない不換紙幣を使う社会システムをデザインし、戦後世界の経済を回すことに成功した。だれか、腐るお金でケインズに匹敵するくらいのデザインやってくれないかな。

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