失敗してください

新人スタッフが二人来た。最初にお願いしたのが「たくさん失敗してください」。失敗したほうが覚えが早いし、どんなトラブルに気をつけたらよいかが分かるから、私が指導している間にできるだけたくさん失敗してほしいとお願いした。

もう一つお願いしたのが「失敗したのを教えてください」。失敗から新しいネタを発見することは非常に多い。失敗というのは、こちらが想定していなかったことを試したものだから、めったに見られない現象が起きる可能性がある。だから「せっかく失敗したのだから、何が起きたのか知りたい」と。

初日、ピペットマンという実験道具を扱ってもらった。一応手本を見せるが、あえて注意点を伝えずにやってもらった。すると液体を泡立ててしまったり、うまく吸えなかったり、うまく液体を出せなかったり、機械の中で泡がはじけたり。やっちゃいけないことをしっかりやってくれた。

私は「いいですねえ、思った通り失敗してくれて」といい、なぜこうしたことが起きるのかを説明し、どうしたらそれを回避できるか説明して、もう一度見本を見せてやってもらう。今度はうまくいく。一通りやってもらって一応頭に入ったな、と思ったら、私はその場を離れる。

「今の作業を繰り返して、業務が終わったら声をかけてください」と言い残して、その場を去る。なぜかというと、私にジッと見られていると緊張して手元に集中できないから。私がいなければ、「どうするんだっけ?」と、冷静に思い起こしながら作業を繰り返せる。

「あ、これをやったらこうなっちゃうんだ」私がいない間に失敗しても、一人だから焦らない。そして、どうしてそうなるのか、それを回避するにはどうしたらよいのか、私の言葉を思い起こしながら、冷静に起きることを観察しながら、作業を繰り返せる。こうすると、初日の間に一連の操作が頭に入る。

失敗を恐れずに済むと、安心して失敗ができる。失敗するおかげで、この操作がなぜそうしなければならないのかの理屈が分かる。そして指導者の目のない場所で一人、作業を繰り返すと、操作を冷静に振り返ることができ、なぜそうするのかを理解することも可能になる。

仕事を覚えるのが遅くなる原因の一つが「失敗への恐怖」。指導者の目の前で、言われた通りにできないと「ああ!すみません!」とパニックになる人が多い。しかしパニックになっているということは、自分が何をしているのかも冷静に受け止められないということ。これでは仕事を覚えられない。

だから、失敗を恐れないようにすること、むしろ失敗するのを喜ぶくらいにすること。すると、失敗しても慌てずに済むようになる。その失敗がなぜ起きたのかを冷静に観察する余裕が生まれる。そしてどう回避すればよいかの仕組みを理解するゆとりも生まれる。

人を指導する際は、まず「失敗しちゃいけない」という呪いを解くことが肝心。大人の多くはこの呪いにかかっている。だから私は「失敗してください」というようにしている。するとかなり早期に呪いが解け、逆説的だけれど、すぐに失敗しないようになる。冷静に観察する力がよみがえるからだろう。

「さっき教えたばかりだろう!」というイライラ指導は、かえって指導を受ける側が緊張し、パニックになり、手元の作業に集中できず、むしろ指導者の視線や感情に集中してしまう。精神的エネルギーがそちらに奪われるために、仕事の習得がさらに難しくなってしまう。

上司の目なんか気にせずに、目の前の現象、特に失敗も含めた現象を観察し、それを楽しむ心構えになれば、理解が深くなり、手元の観察も冷静にできるから、かえって失敗しなくなる。失敗に厳しければ失敗が増え、失敗におおらかだと失敗しなくなる皮肉。

以前は、自律的に仕事ができるようになるまでに1か月くらいかけていたけれど、最近は短くなって、2,3週間もあればほぼ放っておけるくらいに自律的に仕事をしてもらえる。今回のお二人も早そう。助かる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?