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【42日目】しんさい工房 ‐宝物‐

黒猫の工場の仕事は、主に荷仕分けだ。

空港の近くに位置していたその工場には、毎日たくさんの荷物が運ばれてきた。
ベルトコンベアに流れてくる荷物をひとつずつピックアップし、発送先ごとにコンテナに詰めていく。
コンテナ詰めは、テトリスをキレイに積み上げていくみたいな感覚で結構おもしろい。

工場での荷仕分けと聞くと、肉体労働的なイメージを持つかもしれない。
だが、僕は比較的背が低く線も細い。
眼鏡も掛けているし、面接ではとても真面目そうな雰囲気を醸し出す。
男性アルバイトのほとんどが宅急便の荷仕分けに配属される中、僕はメール便の担当だった。

メール便で働く人は、大体が女性だった。
おばさ…年上のお姉様方がほとんどだ。
僕の記憶の中では、20人弱いるなかで男性は2~3人。
ハーレム状態だった。

メール便グループのなかで、一際存在感を放つ2人の女性がいた。
身体も大きく、もともとやんちゃしていた感がプンプンする2人だった。
現場でも休憩所でも、なんとなくその2人を中心にして回っているような、そういう人だった。

僕はチョメちゃんと呼ばれていた。
その片方の人が僕につけたあだ名だった。

「なんかチョメチョメって感じ」

世の中には、理由を求めなくてもいいこともたくさんある。
多分これはその類のものだったのだろう。

これまで世間の目を気にしながら生活してきた僕は、とにかく外面はよかった。
どこに行っても言われるのは「しっかりしてるね」だ。
僕はコンビニで腐れバイトだったように、元来しっかりしている訳ではなかった。
しっかりしているように見せる方法を知っているだけなのだ。

しっかりしていると言われると、それは演じている自分を褒められているようで苦しくなった。
そう言われるたびに、自分はしっかりしていなくてはいけないという気持ちになり、益々本当の自分を見失ってしまいそうになる。

これは、あくまで僕自身の内面の問題であって、コミュニケーションにおいてはなんら困ることはなかった。
むしろ、どちらかと言えば人から嫌われることも少なく、特に年上の人たちからは可愛がられることの方が多かった。
ここでも僕は、すぐに馴染むことができた。

ある日の休憩時間。
僕は眠気に襲われ、みんながいる休憩室で仮眠を取ることにした。
しばらくすると、みんなの話し声が聞こえてきた。


チョメちゃんは真面目だね
学生っぽくない
だぶん苦労してきたんだろね
そんなに頑張らなくてもいいのに
ここでは少しラクにさせてあげたいね


子供の強がりなんてたかが知れている。
子育て経験のあるお母さん方からしたら、僕もただの年頃の男の子。
上辺だけ取り繕っている僕のことなど、全てお見通しだった。

僕の過去をここでは話したことはない。
だけど詮索するでもなく、僕に何かを言うでもなく、ありのままを受け止めてくれてただただ見守ってくれている。
そんな感じだった。

僕は家に帰って泣いた。
強がってる自分に気付いてくれたことなのか、親の愛情のようなものを感じたからなのか、はたまたどちらもなのか。
とにかく涙が出てきた。


ご飯食べにおいで


僕はその中心人物の家で何度かご飯をご馳走になった。
全てが手作りで、いつも唐揚げがてんこ盛り。
そこで教わった味噌ドレッシングのレシピは、いまだに自分で作ることもあるぐらい絶品だった。


だぶんチョメちゃんはビッグになるよ
いや、なれよ


僕はその人に言われたこの言葉をときどき思い出す。
そこにどんな意図があったのかはわからない。
だけどこの先、この言葉に支えられたことが何度もあった。

僕の可能性を信じてくれる人がいる。
それは僕の宝物だった。

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