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【35日目】しんさい工房 ‐裏側‐

大学祭をやってみないかい?

入学式の挨拶の関係で、入学前から関わりのあった大学職員の方が、僕の様子を見て声を掛けてくれた。
半ば自暴自棄になっていた僕は、めんどくさいことに巻き込まれるのではないかという若干の不安を感じながらも、その職員の方に案内されるがままに後をついていった。

学友会。
そこは、新入生歓迎会や大学祭などの学生の大学生活に関することを、学生から集めている会費をもとに運営していく学生組織だった。
これまでやってきた生徒会活動に、もっと裁量が与えられたようなそんな組織だ。

これまでの中学・高校での生徒会の活動をイメージしながら部屋の扉を開けると、そこには思いもよらぬ光景が飛び込んできた。

1人。

そう。
僕の大学の学友会は、なんと1人の生徒によって運営されていたのだ。
会長・副会長・書記・会計、そんなものは誰もいない。
体育館に通じる暗い廊下に位置していたその部屋には、その人しかいなかった。
話を聞くと、普段の活動に関しては1人で賄っているが、大学祭のときだけ有志を募り、大学祭実行委員として企画・運営をしているとのことだった。

僕は圧倒されていた。
予算の設計や芸能事務所との交渉、集客など、これまでに経験のないことばかりだったことはもちろんだが、なによりその代表の方から伝わってくる明らかな自分との格の違いに、僕は魅了されていた。

僕と3つしか違わないのに、こんなに差を感じるものだろうか?
そもそもなんでこんな人がこの大学にいるんだ?

僕は正直に言うと、ここには僕と釣り合うような人はいないだろうと高を括っていた。
こうやって言葉に起こしてみると、なかなか最低なやつだ。
僕は入学してから起きた目の前のいくつかの出来事だけを見て、それが全てだと勝手に判断してしまっていた。
僕の見えている世界なんて、世の中のほんの一部分(点)でしかない。
たかが18歳のこれまでの苦労や経験に自惚れていた自分を恥じた。

この人は、僕の大学生活の中に見えた微かな希望の光だった。
僕は大学祭実行委員のメンバーとして、活動を一緒にさせてもらうこととなる。

そこで出会った人たちは、とてもバラエティに富んだ人たちだった。
大学祭実行委員は3・4年生で構成されており、間の2年生がいなく、ひとつ離れて僕だけが1年生だった。
それが良かったのか、僕は先輩方にとても可愛がってもらった。
一緒に食事や遊びに連れて行ってもらったり、ときには夜遅くまで打ち合わせをしたり。

そこは、僕にとって大学に来て初めてできた居場所だった。
相変わらず授業はいつもひとりで受けていた。
それでもよかった。
そんな僕でも受け容れてくれる場所がある。
大学自体は何も変わっていないのに、それだけで目の前の景色が全く違って感じられた。
ようやく、僕の大学生活という時が動き始める。

大学祭実行委員という居場所ができ、先輩たちとの時間が増えたことで大学生活が充実していくのと同時に、またひとつ僕の周りでは別の問題が生じていた。
金銭問題だ。

先にも書いたが、僕には仕送りがなかった。
コンビニで深夜バイトをし、扶養の範囲内で働くことにはなっていたが、最初のうちはバイトに入れる日数も限られていた。
僕が入学したころに使えたお金は、何度そろばんを弾いても1日700円だった。

この700円というのは食費だけではない。
生活用品や衣服の購入、交通費、交際費すべて含めて700円だった。
学食での昼食は疎か、自販機でジュースを買うことすら死活問題だった。

先輩たちからの誘いは嬉しかったが、1回の飲み代で4~5日の生活費が飛んでしまう。
僕の目下の課題は、友達よりなにより、いかに収入を増やすかだった。

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