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【38日目】しんさい工房 ‐反動‐

角材を持って、高校生たちが深夜のコンビニに乗り込んできた。
レジカウンターを破壊され、僕はレジ下にある非常ボタンを押した。

僕の大学生活は、大学祭実行委員の活動とアルバイトのお陰である意味充実していた。

そもそも、ほとんどが大学とアルバイトとの行き来の生活だったこともあり、誰かと遊ぶ時間もお金もほとんどなかった。
講義も半分眠気で意識の飛んだなかで受けていたこともあり、友達と呼べる友達なんてほとんどいなかった。

やることがあるというのは幸せなことだ。
何かを考えられるような時間があると、人はついネガティブなことを考えがちだ。
目の前にやらなければならないことがある。
そこに身を任せていれば、何も考えずに済む。
それで何かが解決することはないが、僕はそうやって目の前の現実から目を逸らしていた。

お寺からの解放で変わったことがあった。
それは髪の毛を伸ばしたことだ。
坊主からある程度の長さになるまでの不格好な時期を乗り越え、僕は初めて美容室に行った。
これまで自分で手入れをしていたため、髪の手入れにお金がかかることに戸惑いを感じながらも、僕はまたひとつみんなと同じ感覚を味わえたことに喜びを感じていた。

髪の毛が伸び、身だしなみにも緩さが出てきたのと時を同じくして、僕の気持ちにも緩みが出始める。
帰る家もないし気にしなければいけない相手もいない。
頑張る意味がなくなったのだ。

この緩みは、アルバイトで大きく見られた。
自分を律するのはとても大変だが、緩めることは簡単だった。
僕は深夜のバイトリーダーでありながら、本当に腐れバイトになっていく。

入ってきた最新刊のマンガはとりあえず読んでから袋に詰めて陳列し、飲料水につけるノベルティグッズは、常連さんに欲しいものを配っていた。

無駄におでんをつくっては廃棄にして食べたり、袋に入って売られていた味付きジンギスカンの賞味期限が過ぎたのをいいことに、フランクフルトを焼くホットプレートで焼いて食べたこともあった。

僕は大学を卒業して飲食チェーン店の店長になるが、こんなアルバイトがいたらたまったものじゃない。

こんなことができたのも、当時の防犯ビデオの記録がまだビデオテープだったからだ。
僕のコンビニでは、月曜~日曜までのビデオテープが各1本ずつ用意されており、深夜0時になったらこれまで入っていたビデオテープを最初まで巻き戻し、次の日のビデオテープに入れ替えて録画を再開するという作業を行っていた。
僕は深夜0時になったら巻き戻しをし、そのまま取り換えるのを忘れましたという体で、深夜の他のアルバイトと好き勝手やっていた。


もちろん、今夜もビデオは止まったままだ。

てめぇ、ふざけんじゃねーぞ!!

角材を持った高校生たちが、店に乗り込んできた。
彼らのリーダー格は僕のコンビニの常連で、その日もちょうど勤務を開始したタイミングぐらいで買い物に来ていた。
煙草を買おうとして来たのだが、今夜のバイトのパートナーが、「お前、まだ高校生だろ」といって断ったことに腹を立て、仲間を連れて襲撃に来たのだ。

話し合いでは埒が明かず、結局警察を呼んで彼らは連れていかれた。
入口にはKEEP OUTの黄色いテープが貼られている。

防犯ビデオは?

まさか、本当にこの言葉を使うときが来るとは思いもしなかった。

すみません。
取り換えるのを忘れていました。

僕は当時のスーパーバイザーに、「君、ムカつくんだよね」と面と向かって言われた。
僕は本当に腐れバイトだった。

1年も経ち単調な仕事に飽きが来ていたこともあり、僕は次の仕事を探し始める。
次のバイト先では、僕の人生を大きく動かす出会いが待っていた。

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