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【24日目】しんさい工房 ‐受験‐

どうですか?
眠たくなってきましたか?

看護師さんに質問された。

いや全然ですね。
まだな…に………もぉ……

僕は一瞬で落ち、気が付いたときには病室のベッドにいた。
目に見えるのは天井とポタポタ落ちる点滴。

全身がとても気怠い。
意識は戻ってくるが身体は全く言うことを聞かなかった。
入ったことはないが、多分ドラゴンボールの『精神と時の部屋』はこんな感じの場所なんだろう。

意識と感覚が徐々に正常に戻ってくるのと同時に、激痛に襲われた。
なんだか鼻の中に何かがパンパンに詰まっているような感覚だ。

そう、僕はもともと鼻が悪い。
それもあり、少しでも空気の綺麗な場所へということで、母親の地元でもある北海道に来た。
どれぐらい鼻が悪かったのかというと、とにかく鼻で息をすることができなかった。
何かが穴を塞いでいる感じで、息を吸ってもほとんど空気が吸えないのだ。
そして臭いもほとんど感じない。

小学校の理科室で、少しでもみんなと同じように振舞いたいと思って鼻で頑張って息をしていたら、クラスの中でもかわいい部類に入る女の子に、

「なんかめっちゃ一生懸命に息吸ってる人いない?」

と言われてしまうぐらい、普通に息をすることができなかった。
密かに僕は傷付いていた。
かわいいは罪だ。

普通って素晴らしい。
僕たちはもっと日常の当たり前に感謝をして生きていかなくてはならない。

結局、僕の鼻詰まりの原因は蓄膿症だった。
たまたま出会った耳鼻科の院長さんの勧めで、僕は手術をすることになった。

初めての手術。
初めての全身麻酔。
初めてのお寺から離れられる時間。

手術への不安よりも、日常生活から解放されることの喜びの方が勝っていた。

僕は2週間入院し、手術も無事に終わり退院した。
ちなみに蓄膿症の手術でしんどいのは、手術後の痛みと手術後に血を止めるのにパンパンに詰め込まれたガーゼを抜くタイミングだ。
普通に鼻の穴から引っ張って抜くのだが、気持ち悪さと痛さと、目の神経を刺激するため勝手に涙が流れる。
きっと、とんでもない顔をしていたに違いないだろう。

僕は入院期間中に、クラスメイトから寄せ書きをもらった。
寄せ書きをもらったのは、小学校5年生で転校したとき以来だ。
あのときはクラスの男子のほぼ全員から「やせろよ」と書かれていたが、今回はそんなことはなかった。

「君のいないクラスはイチゴののっていないバースデーケーキのようだ」

みんながなんて書いてくれたのかは覚えていないけど、この寄せ書きだけはいまだに覚えている。
人の記憶に残るというのは、つまりこういうことなんだ。

中学3年間、それなりに家の仕事に対し真摯に向き合ってきた。
夏休みはお盆のお参りを檀家さんの9割は自分が1人で回り、冬休みは正月の準備で大晦日から三箇日までは法要とご祈祷の毎日だった。
お経はほとんど音で覚えていたので、意味は全く分からない。
でも、一通りの仕事はできるようになっていた。
また若さという武器があったこともあり、僕はそれなりに新しいお寺の顔としてはプラスに作用していた。

高校受験。
僕は家の仕事を引き続き全面的に手伝うという条件で、自宅から通える高校に進学することになった。
これが傍から見れば恵まれた環境に見えるかどうかは疑問だ。
でも親元を離れ、修行僧たちと一緒に修行をしながら日中は学校に通うことに比べれば、断然こっちの方が幸せな環境だった。

その場で必要と思われる存在になる。
目の前のことに、ただひたすらに全力で取り組んだ。

最終的には、それが自分自身を助けてくれた。

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