見出し画像

【道元と宇宙】 13 道元が生まれ育った松殿山荘を訪れる

 曹洞宗総合研究センターに
コンビニからファックスを送ったあと、
僕は夜行バスで名古屋に向かった。

名古屋に着くなり、近鉄電車に乗り換えて養老へ。
養老天命反転地は、荒川修作が設計した
2ヘクタールの公園だ。
大きなすり鉢状になっていて、
どこにも平坦な場所がないため、
公園の中を歩くとき、
常に、バランスを失わないよう
気をつけなければならない。
1995年に開園してもうすぐ30年になるが、
インスタ映えすることもあって
最近はますます人気が上昇している観光スポットだ。

僕は公園のなかをさまよい歩いてから、
10月17~18日に京都で開かれた
合気道入江道場の研鑽会に参加した。

19日の朝、宇治の興聖寺を訪ねた。
寺の名前は道元が深草に開いたものと同じだが、
宇治の寺は江戸時代に開かれたもので、
道元が開いた寺とのつながりはない。 

この開山堂は、
梅の花を愛した道元にちなんで
老梅庵の額が掲げられている。
しかし、境内に、梅の木は一本もない。
寺の円大さんに、
なぜ梅を植えないのかと聞いたところ、
植えてもすぐに枯れてしまうのだという。 

開山堂に安置されている道元の坐像は、
18世紀に祇園の建仁寺から盗んできたと
言われている。
もちろん建仁寺の合意を得た上で盗んだそうで、
建仁寺側は、盗まれていく坐像を見送ったそうだ。
興聖寺で梅の木が枯れるのは、
道元にとって宇治は不本意だからかもしれない。 

興聖寺を出て、門前の茶そば屋で昼食。
支払いの時、店の人に
道元示寂の地である西洞院高辻に行くので、
四条烏丸に出る経路を請うた。

 すると、店の奥から老婆の声がして、
「松殿山荘にも行かれたらよろしい」という。
宇治から少し北にある木幡に、
道元が生まれ育ったお屋敷があり、
今も昔のままで残っているという。 

木幡の駅から歩いて数分の高台に、
緑あふれる庭と屋敷があった。
なんと十万坪もあるという。 

ここは、百年前に明治政府の司法官で、
退官後に弁護士業をした高谷宗範が、
茶の本質を求めて自分の茶道流派を興そう
としたとき、
偶然2万6000円で売りに出ていたという。
そしてその時、高谷が1万円で買っていた
大阪の自宅が80万円で売れて、
大正7年にこの土地を買ったそうだ。

 高谷は、藤原基實が造営し、
道元が幼少期を過ごした山荘を
永遠に保存すべく、
大正11年に財団法人の発起人会を開き、
昭和3年に財団法人の設立許可を得た。

 その財団が今も健在なおかげで、
僕は道元の庭を見学することができた。
高谷宗範は、大分の府内藩出身という。
大分シンクロに驚くと同時に、
郷土の先覚のなしとげた偉業に賛辞を送りたい。

 屋敷の回りにつくられていた土塁は
今も残っている。
発掘調査で平安時代のものであることが
確かめられたという。
少年道元は、土塁に駆け上がり、
滑り降りて遊んでいたのだろう。

丘の上の延々と広がる庭には、
池もあれば、小山や窪地もあり、
それらを迷路のような小道が結びつける。
様々な樹種が入り混じって、
にぎやかな里山を形成している。
風が木漏れ日を揺すぶると、
光を求める本能がかきたてられ、
歩いているだけで発見と驚きの連続だ。

 ここは、3日前にさまよい歩いた
養老天命反転地に似ている。
既視感が僕の記憶を呼びさます。

(トップ画像は、松殿山荘の土塁。
公益財団法人松殿山荘茶道会のホームページより)

 

**************************************************************
【道元と宇宙】お話し会 日本縦断!!

≪臼杵≫ 2023年7月9日(日)14時~ 自然ヨガ道場
https://fb.me/e/1cb7y4qMO

≪富山≫ 2023年7月18日(火)13時30分~ マイルストーンアートワークス
https://fb.me/e/gYh4Gy5ac

≪白山≫ 2023年7月22日(土)15時~ 白山麓・僻村塾 

*************************************************************

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?